ドスト『死の家の記録』より。筆舌に尽くせぬことは書かぬがよいと、あらためて感じる。
もとは裕福なシベリアの百姓だったある囚人が、日暮近く門際へ呼びだされた日のことを、わたしは覚えている。その半年まえに彼は妻が再婚したという知らせを受けて、ひどく嘆き悲しんだものだった。いま、その妻が監獄へ尋ねてきて、彼を呼び出し、差し入れをしたのである。
二人は二分ほど話しあって、泣きながら、永遠の別れをした。わたしは監房へ戻って来たときの彼の顔を見た。……たしかに、ここには忍耐というものを学びとることのできる場所である。
また、彼の人間の定義も壮絶。たくましい。
それにしても、人間は生きられるものだ! 人間はどんなことにでも慣れられる存在だ。わたしはこれが人間のもっとも適切な定義だと思う。