2007-06-17

おすすめ音楽CDトップ10

影響を受けた文豪、思想家、芸術家などに続いて、必聴の名盤と思える音楽CDベスト10のリストを作ってみる。例によってジャンルごたまぜ。自分の好みで並べます。

1. タチアナ・ニコラーエワ, バッハ:フーガの技法 (1967, 1992)

堂々の一位はニコラーエワおばさんのフーガの技法。

静謐な息遣いの満ちた空間に純粋に積上げられるフーガ。時に静かに染み出すように、時に激しく突き刺すように、深く重い彼女の音が舞う。

その音楽によって空間は支配され、ただ人間は息を呑むのみ。深い海の底か、高い天の上かは知らないが、ただ力強い生命力が満ちている。

本当はメロディアの1967年録音の方がいいのだがCDがないので、ひとまず92年ハイペリオン盤を推薦する。

2. カール・リヒター, バッハ:マタイ受難曲

二位にはリヒター先生が来るに決まっているのだが、曲はどうしよう。個人的には「音楽の捧げ物」や「パルティータ」、更にカンタータやオルガン作品なども外せないが、ここはマタイ受難をあげておく。

CDも複数あるし、DVDもある。ただ58年録音のこれがベストだろう。また、映像で観るのをお薦めする。圧倒の一言である。

カール・リヒターを聴くという経験は、熱せられて青白い炎をあげる、緻密な細工が施された鉄の網に全身を包み込まれ、そのまま、胸の奥までバラバラに焼き切られてしまうということと言える。
とアホなこと書いたが(参照)、それは、理性が支配し、そこに感情が従うから可能なことだ。

リヒターはバッハの音楽の「秩序」そのものに語らせようとする。そしてその客観性においてのみ、神の如き「秩序」は現前し、聴く者を圧倒する。

3. ギドン・クレーメル, バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ (1980)

シャコンヌの演奏のいいものを知らない。しいて挙げるとすれば、この1980年録音の方のクレメルだろうか。とても良い演奏だと思う。もちろんソナタとパルティータ全曲収録の2枚組もある。

勿論、好みがありシェリングやシゲティ盤、あとスークあたりも外せないだろうが、個人的にはあっさりし過ぎに感じる。

あとピリオド楽器には私はあまり興味を感じないのだが、機会があれば聴いてみるべきだろうか。

4. Massive Attack, 100th Window(2003)

ここでマッシブ・アッタクを入れる。この一曲目 Future Proof は個人的には歴史に残る名作と思っている。その意味で、発表から数年だが私にとってのクラシック(古典)であり、一生聴き続けると思う。

私の先生は彼らの音楽を

自分の現実から目をそらさず、自分が今そこに存在する事に必死に絶える彼らの表現は、地方都市から世界へと発信し、遠く離れた異国の若者たちに指示されて行く。しかし、更に悲しい事には、このような発信と共有とを可能にした、発達したメディア社会そのものが、彼らをより深刻な闇へと突き放して行く。
と評している。

叫んでも、逃げだしても、ラリっても、自殺しても何にもならない時代の、ディジタルな叫びは、現代に当然生まれる表現である。そして当然生まれる表現であればこそ、そこに高い芸術性が生まれるのは必然であろう。

別にネガティブでも何でもなく、そうした現実からやっていくしかない訳だし、何よりもこれは音楽であり表現の問題であり同情とかそういう問題ではないことに注意して欲しい。単純に、4番目にいい音楽であるから、4番目に入れた。

また現在これが私が評価できる最も最近の音楽となっており、これ以降も興味はあるのだが、なかなかアンテナが低いこともあり、見つかっていない。

5. グレン・グールド, ゴルトベルク変奏曲 (1955,1981)

かなり迷うが、結局はこれだろう。若いときのもいいが、個人的には晩年のでいいと思う。

できれば聴き比べてみると良いだろう。若者の溌剌とした精悍な演奏は、晩年の孤独に老いた妖しい光によって締め括られる。元々削られたように正確な彼の音は、更に削ぎ落とされ続けた年月を経て、逆に仄かだが深い光がにじみだしている。

それを老年の衰えとは私は思わない。

6. Nirvana, Nevermind (1991)

かなり迷うが6位はニルヴァーナに送りたい。一曲目の Smells Like Teen Spirit は世界を変えた……筈。

「売れる」「有名になる」ことを受け入れられない彼等の音楽の苦悩を思うもよし、昔のように単純に叫べない怒りをカートがいかに叫んだのかを聴くもよし、「古き良き」アメリカの歌をいかに現代の若者が伝承したのかを聴くのもよいだろう。あるいは、「否定」を聴くかもしれない。

ただ、少くともスメルズは一般に思われる程パンクで過激な音ではなく、メロディーラインも「ポップ」である。

そこでアメリカの歌が問題になる訳で、そうなるとトーマス・ドロシーやレッドベリーを呼ばなきゃならない訳で……。まあひとまず、アンプラグトのカートが唱う Where Did You Sleep Last Night を聴いてみて下さい。地下生活者の日記 - 気狂いブルースにyoutubeの動画が貼ってあります。

7. Jimi Hendrix, Electric Ladyland (1968)

7位じゃ低過ぎるだろうが、ジミヘンの登場である。

彼のアルバムはどれもベスト盤のような出来で、ライブはライブで彼のギターの真骨頂を見られるし、死後にリリースされ続ける自分のスタジオで録った音源もまたおもしろい。だが普通に考えれば、このエレクトリック・レディーランドになるだろう。

特にVoodoo Chileはどう考えてもブルーズの一つの到達点だそうし、Little Wingは彼が死ななければ生まれたであろう、ロック(白人)もソウル(黒人)も越えた未来の音楽を予感させる。

8.Janis Joplin, Cheap Thrills (1968)

スタジオ録音では、彼女の真骨頂たる語りと歌の混在したパフォーマンスが味わえないのであるが、私にとって、ジャニスと言えばSummertimeであり、Ball and Chainであるので、その二曲をおさめたチープ・スリルは彼女を代表するアルバムと思う。

そりゃ、ビッグ・ブラザーの演奏は下手だけど、フル・ティルト・ブギーのPearlがいいかというとそうでもない。何か違うのである。ビッグ・グラザーには、なんというか混乱の中を、その混乱を受け入れつつ、新しい何かを生みだそうとするエネルギーに満ちていると思う。

ただ、やはりジャニスはライブ映像を見て欲しいとは思うが。語りと歌が混在する中に、本当の表現とは何かという問いの答があるように思う。

9. John Coltrane, Selflessness featuring My Favorite Things (1963)

ここで、コルトレーンの登場である。

ジャズである。パーカーもモンクもバドもガレスピーもいるが、いやいやマイルスとか言う人もいるだろうが、コルトレーン、しかも至上の愛などを差し置いて、このアルバムである。

このアルバムの一曲目マイ・フェイバリット・シングスは、数少ないジャズ・セッションの「熱気」を収録したテイクだと思う。ジャズに複雑な理論は必要ない。ただスウィングし、ひたすら音と音、リズムとリズムがぶつかればよいと思う。そこに人を震えさせるものがある。

もしパーカーやガレスピーで秀逸な録音があれば、そちらになるかもしれないが、不勉強で発見できていない。少なくともパーカーは本当に凄いのだが、録音が悪いのでリストには挙げられない。

10. Son House, The Complete Library of Congress Sessions(1941-1942)

遅すぎる登場で、こんな下のランクに書くなら書かない方がいいんじゃないかと思うが、それもあんまりなので一応のせる。

本当は、この人も映像で見た方がいいのだが、それだと歳をとっているので、このアルバムを聴けば彼の音楽の幅が分かると思う。

救われない悩める魂を抱えながら、それを必死に詫びながら、そして赦しと救済を求めながら、それでも逞しく生き抜いてゆく、強く、甘く、せつない男の世界があると思う。本物の表現である。

いや、これどう考えても1位か2位だろ……。うーん……。そうだ、もう一枚ジャケを貼っておいて赦してもらおう。 彼は1988年まで生き続け、様々のものを見守り続けた。

有名な所では、彼はロバート・ジョンソンに強い影響を与え、また彼が成長し彼を超えていったのも見ていたとされる。また、ロバート・ジョンソンを含めた多くのブルーズマンの死にも出会った。一緒に暮らしていた女性が死んだこともあった。

変化の時代だった。機械化によって黒人の農村社会は崩壊し、黒人は都市化していった。そして、ブルーズも都市化し、エレキ化していった。

彼は変わらなかった。彼は音楽のスタイルを変えなかった。エレキは持たなかったし、レパートリーも広げなかった。

時代が彼の音楽から離れると、彼はギターを離れ、ただ農村の労働者になるのである。

そうして、白人のブルーズファンに発見されれば彼らに演奏をしたし、民族音楽研究の若者が現れれば彼らに演奏をした。何も変化はない。媚びることもない。いつものブルーズ、本物のブルーズだ。

デルタ・ブルーズの父、サン・ハウスはそうした男である。

なんだかウイスキーのCMみたいになってしまったが、時代を超え、変わらぬ本物として生き抜いた男を、私は尊敬してやまない。


そんなこんなでおすすめCDトップ10は修了。

え? モーツァルトは? パットンとかロバジョンいないですが……。オイオイ、レッドベリーは? パコちゃん(パコ・デ・ルシア)やピアソラ先生は?

まあハナから無理ですな。