2008-12-17

海外貧乏一人旅の心得

一人での貧乏旅行の心得 - G.A.W.という記事を見たら十代の時に3ヶ月ほどヨーロッパとアフリカ、パキスタンあたりを旅行したことを思い出した。その時の経験と知恵について書いておく。


準備編

  1. 保険に入る: 海外には日本では考えられないほどにスリ、強盗が存在する。スリならば金を取られるだけだが、リンチ強盗ならば怪我をするし、パスポート強盗(日本のパスポートはマドリードでは1999年当時で10万円相当と聞いた)ならば足止めを食ってしまう。差別的な物言いで心苦しいが、ジプシーやイスラム移民の多い地域に行けば被害に遭わない可能性のほうが低い。保険は必須だ。逆に保険さえあればパスポートを盗まれた瞬間に贅沢な暮らしを始められる。僕は「いやー、やられちゃいましたよー」と言って包帯を巻いた日本人に、酒を奢ってもらったことが二回ある。クレジットカードを作れば海外旅行保険はついてくるが、きちんと条件などを確認すること。
  2. 貴重品袋を隠し持つ: 旅先では常にスリや強盗、泥棒に気をつけねばならない。僕は財布とは別に防水性の貴重品袋を準備し、旅行の間ほとんどずっとパンツの中に入れておいた。中には米ドル、日本円、パスポート、クレジットカード、キャッシュカードなど。
  3. パスポートのコピーを所持する: 海外ではホテルの受付や警察官などに身元確認のためにパスポートを要求されることがある。が、いかさまホテルは存在するし、いかさま警官も存在する。そういうときはひとまず「パスポートは他の場所にある」という旨を言いながら、コピーを見せるとよい。僕は便利に感じた。また、パスポートを盗られた場合にもコピーがあれば再発行手続きが簡単になると思う。
  4. 必要なものは現地調達: もし読者が旅行道具を揃えていないのならば、あなたはラッキーだ。現地で調達すれば安上がりだからだ。日本の物価は高いので日本で買うことはない。僕は寝袋とバックパック、服、アーミーナイフ(十徳ナイフ)などは現地で調達した。成田からは高校の時の通学に使ってた鞄とギターだけを抱えて飛んだ。
  5. クレジットカードを作る: 基本。普通にVISA。カード会社の現地電話サポートはかなり便利。日本語で話せるし、飛行機の予約とかもしてくれる。
  6. 海外でも引き落とせる口座を作る: 僕は日本にいるときにシティに口座を作った。そこに金を入れておけば、ヨーロッパはもちろん、アフリカでもパキスタンでもお金を下ろすことができて便利だった。
  7. 国際学生証を作る: いくつかの施設を学生料金で利用できる。確かユースホステルも安くなったはず。
  8. 楽器を持ち歩く: 旅行の鉄則は荷物を少なくすることだが、僕は国内・国外問わず個人的な旅行にはギターを所持することにしている。特に貧乏旅行の場合、言葉が通じなくても音楽一発で仲良くなったりできるのはお金じゃ替えられない思い出となる。モロッコへ向かうフェリーのバーでギターを弾いて、そのまま意気投合したカサブランカの青年の家に泊まりに行ったという思い出もある(まあ、それは今おもえば危ないけど)。自分を表現する道具はあった方がいい。

現地編

  1. 旅行案内所(tourist info)に行く: 地図やパンフレットを貰える。ガイドブックは必要ない。ついでにお姉さんに美味しいレストランと安いホテルを教えてもらう(通常はユースホステルでいい)。
  2. 駅で日本人、いなけりゃアメリカ人かドイツ人を見つける: 初めての街は不安が多い。そこで駅でこれから帰国する日本人を見つけて耳寄り情報を拾うと良い。少なくとも電車やバスの乗り方はしっかりと聞いておいた方がよい(特にドイツは要注意。警察に捕まってからでは遅い!)他にも貴重な経験談を教えてくれるし、場合によってはガイドブックやまだ使用期限のあるチケットなどをくれる。特にパリではかなりの確率で地下鉄のパスやルーブル美術館のパスを入手できる。アフリカなど日本人がいない場合は、アメリカ人かドイツ人がよい。彼らは「相手が理解するまでコミュニケーションを継続させる」という我々日本人からすると不思議な特性を持っているので、情報を得たいときには非常に便利である。ただしドイツ人の中には強い人種偏見を持つものがいるので注意が必要だし、単純に情報を信じてはならない。
  3. 朝に気をつける: 本当に痛い犯罪に遭うのは朝である。当時、スペイン都市部では首絞め強盗が横行しており、僕がすれ違った実に八割を超える日本人が被害にあったのだが、彼らは皆、朝に襲われていた。旅行者の到着するのが朝で、宿探しのために貴重品から何から全部持ち歩いていることを知っての犯行である逆に深夜に金品を持って移動する人間は少ないのだ。彼らは早朝の駅でカモを見つけると携帯で仲間を呼び寄せ、人通りの少ない通りで十人ほどのチームプレイで襲い掛かり、日本人を気絶させ、全てを奪うのである。早朝に街に到着するのは危険だ。昼過ぎに到着するように計画すべきだし、万一、早朝に到着した場合は駅のロッカーに荷物をしまって宿を探すべきである(ロッカーが安全という意味ではなく、見た目が旅行者っぽくなくなるから)。
  4. 各種受付のお姉さんは取り合えず口説く: 国にもよるのだろうが、ラテン系な国(スペイン、イタリア、フランス)で受付などのお姉さんと話す場合には、日本人の感覚で言えば、取り合えず口説くようにする。勿論、別に本気で口説くのではなくきれいだとかなんだとか言っておく。かなりの確率で得をするし(バーなら一杯おごってくれたり、ホテルだと部屋が良くなる)、逆に言えば、ぼさーっとしてると気持ち悪がられるっぽい。慣れるまで気恥ずかしいが、気軽に声をかけるのが大切。ただし、間違ってもイスラム圏で気軽に女性に話しかけてはならない。

海外貧乏旅行のことを昔は「バックパッカー」と呼んでいた。大きなバックパックを背負っているからついた名前だ。ただの貧乏旅行なのだが、僕はそんな貧乏旅行に憧れ、バイトで貯めた金で見よう見まねで成田から飛び出した。

その三ヶ月間の旅は苦労の連続だった。楽しい思い出、美しい思い出も豊富にあるが、例えば、ニュルンベルクで風邪をひき、ミュンヘンで麻薬中毒者に絡まれ、パリでホームシックになり、ミラノでは電車到着が遅れて乗り換えできずに駅で眠り、バルセロナでは首絞め強盗に怯え、モロッコでは異文化そのものに神経が磨り減り、スイスでは麻薬中毒者にたかられ、ケルンではパスポートが取り上げられる危機に遭い、ベルリンではネオナチに絡まれ、フランクフルトでも騙された。

でも、まあ、ありきたりだけど、やっぱり行ってよかったと思う。

でも、別に人に勧めるかと訊かれたならば絶対に勧めはしない。それはとても危険だし、精神的にも肉体的にも疲れることだからだ。僕の今の肉体と精神力ではもうあの貧乏旅行には耐えられないと思う。僕は人にはパックの旅行をお勧めする。快適だし、料金だって結構安い。それでヨーロッパの遺産や人々に触れ合うことは十分にできると思う。

本当に馬鹿みたいだけど、僕が一番感動したのは結局は海外ではない。ルーブルで圧倒的な存在感を持って天へと飛び立とうとするサモトラケのニケよりも、青白く澄み切ったアルプスの山脈よりも、激しい太鼓のリズムに天を焦がさんばかりに燃える炎が揺れ続けるマラケシュの夜よりも、トーマス教会で聴いたバッハよりも、それらよりも何よりも、パキスタンから飛び立った飛行機がフィリピンを経由して日本上空に入り、白く弧を描く九十九里浜が見えたときの感動は、本当に馬鹿みたいだが、深く、忘れ難い。まあ、それは別の機会に。

そもそも貧乏旅行に憧れるのは贅沢の裏返しであり、それは僕が昭和の質素で勤勉で下品な男にある種の憧れがあるからでもある。はっきり言ってそんな憧れは不要である。いや、もっとはっきり言って、先進国の人間が貧乏に憧れることほど下衆な話はないと言っていい。貧乏なつもりで旅する日本人とは、現地の本当に貧しい人から見れば嫌味以外の何者でもないだろう。彼らが本気で日本人を憎み、日本人に襲い掛かるのも無理はないとすら思う。歩いてみれば分かるが、それほどに経済が成り立っていない地域というのは、信じられないほどに絶望そのものなのである。脱色された街に、行き場のない若者の苛立ちだけが立ち込めているのである。

行くべきではない。繰り返す。行くべきではない。少なくとも安易な気持ちで行くならば、首絞め強盗に遭うくらいは安いものであり、注射針強盗に遭ってキャッシュカードから全額引き出され、クレジットカードのキャッシング枠限界まで借りさせられ、おまけにエイズをうつされてしまっても仕方がない。だって、被害の場合には保険でカバーできるのであり、僕らの実際の懐へのダメージは少ないのだ。そして、そのことを彼らは知っている。だからこそ、彼らも良心の呵責も少なく、気兼ねなく大胆な犯行に及べるのである。

世界を見る? 馬鹿馬鹿しい。まずは自分の足で、日本の土を踏んでで立派に生き抜け。まずはしっかり勉強しろ。そして稼げ。女を愛して食わせろ。十代の若造がふらふら歩いた程度で何が見える? ただ強い日本円に頼っているだけじゃねえか。そもそも知識も教養も洞察力も足りないばかりで、訪れた都市の目の前の経験を何も理解できてねえじゃねえか。建築も美術品もどうにも解釈できてねえじゃねえか。断言してもいいが、お前が探しているものは絶対に見つからないよ。いくら旅をしても、世界の裏まで行っても結局はお前逃げているだけなんだよ。分かるか? 分からねえ? だよな。お前は本当に自分で失敗しないと分からない馬鹿野郎だもんな。

僕は、少なくとも現代の若者は、僕よりももっと賢く、しっかりと現実を見つめているものだと信じたい。

が、中にはいるのだと思う。バイトで貯めた程度の金しかないのに、パック旅行では行けない範囲を旅したいという若造が。困ったものだ。

そして、困ったことに、僕はやっぱりそういう人間とばかり話があうのだ。

困ったものだ。