2007-08-03

[WEB] イエス・キリストを理解してない人たちへ、−(仏陀を理解していない人たちも)/ ドクター苫米地ブログ

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ドクター苫米地ブログ 2007年02月22日 イエス・キリストを理解してない人たちへ、−(仏陀を理解していない人たちも)

苫米地さんのブログを開いてみた。するとキリストとブッダについて書いてあった。最近、私はキリストとブッダについて想うことが多い。簡単にすぎるが少々メモしておく。

いわゆる「宗教」にある「御利益」という考え方の矛盾をキリストとブッダは乗り越えており、私たちもそうした思考停止的な狂信を乗り越え、ある意味では空しいことを、ダイナミックに考え続けることしかないと述べている。

特に、

イエスや仏陀のもともとの発見が、本質的に無矛盾であるということです。矛盾がないというのは、徹底的に考え抜いた末に、全く新たな水平線が広がる可能性があるということです。矛盾があれば、それは、考え抜く価値もないわけです。
との主張に同意。

また、以下のポイントにも納得。

御利益はありえない。信仰、苦行、生贄への神からの見返りはありえない。神は人と対等ではなく、人を超えている。カルトはそれぞれに「御利益」を認めている。そこに論理破綻がある。キリストと仏陀はこの論理矛盾を解決している。

キリスト「神は既に我々と共にある」 神と人間が契約するなどとはおこがましい。神は人を超えている。「神の一方的かつ無条件な愛」があるだけ。「御利益」を否定し、神が、神の愛が既にあることを主張。

ブッダ「全ては空」 神を含め万物は永遠に独立に存在できないと主張。縁起。全ては空であり、空しい。

こうした無矛盾の「思考」の果てに「サトリ」があるか。