2008-03-17

中国人の語る中華思想とは

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十代の最後の頃、中国人の集まりにやめとけばいいのにモンゴル人の友人を招いたことがある。モンゴルからの友人は当然のように中国は内モンゴルを「返還」すべきだと言う。一方の中国人は猛反対し激しい論戦になった。

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大学生のときに住んでいた寮の半分くらいは中国人で、私はよく彼らと酒を飲んだ。彼らはすぐに日本の戦争責任を追求するし、東アジアにおける中国の覇権について話していた。彼らは結構普通に「日本も中国の一部です」と言っていた。私は、まあ幾分かは困りながらも、そういう話になると熱くなるタイプだったので日本の正当性を訴えたり、逆に謝ったりしたものだった。

そもそも半分くらいの中国人は日本語を話さなかったし、私も私で英語で上手く話せなかった。それに中国人の人名を中国語風の発音できないのだから、細かい話なんてできるわけがなかった。まあ、それでも異文化交流として楽しかった。

知性ある彼らが中国の教育とメディアに「汚染」されてるなぁと思って、私は彼らにそう言った。そして逆に彼らは私が日本の教育とメディアに「汚染」されてると責め立てた。NHKの7時のニュースを見ながら「報道が歪んでいる」「いや歪んでんのはあんたらだ」とか言い合いながら、私たちは野菜炒めをつまんでビールを飲んだ。

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そんなこんなで中国人の攻撃性には私自身は慣れていて、モンゴル人は一見きわめて温厚に見えたのでまさか喧嘩になるとは思わなかった。

モンゴル人は一見温厚だが怖いところがある。これは個人差とか性格ではなく、教育の差、文化の差なのだろうと感じる。彼らは普段は大人しく、驚くほど素早く異文化を吸収する。彼らはどの国の留学生よりも日本語を上手く話し(単に言葉が近いからなのだろうか?)、日本の風俗も柔軟に受け入れていた。

しかし、心の底に強いプライドがあるのを時に驚きをもって感じ取ったことが何度かあった。彼らには自負があるからこそ温厚に振舞い、それでも誇り高く、したたかに自分の目的を達する民族なのだと言う印象を受けた。モンゴル人の部屋にはチンギス・ハンの肖像が貼られていて、かつての大帝国に想いを馳せているのは疑いようも無いとおもう。

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で、そんなモンゴル人に中国人はさっぱりと「モンゴルも中国の一部になった方がよいですよ」と言うのである。あせった。確か挨拶と自己紹介の次くらいだった。

普通、そこから話を始めるか? こんな心配をよそにリーさんはにこにこと話しつづける。「中国」は民族概念ではなく、文化概念であり、皆が中国になるのが幸せなのだという。民族を超えて幸せになる原理が中華らしい。内蒙古の人たちも中国の一部になって喜んでいるのだという。

モンゴル人はそういう中国人を信用していない。「そう言ってチベットのようにしてしまうつもりだろう」と言う。モンゴル人は中国人がチベット人の土地を奪い(漢民族や回教徒の入植)、宗教を弾圧、更には民族浄化をしているではないかと訴える。

中国人は平然と答える。「中華は民族概念ではないので、中華は漢民族の利益の問題ではない。事実、異民族王朝は必ず中華となる。フビライ・ハンだって中国にきたら元という形で中華になった。漢民族が多民族を中華にしたことはない、全ての民族は本質的に中華になりたいのだ」という。

中国人は続ける。「だから、チベット人だって中華になりたいのだ。しかし、その障壁として全時代的で非科学的な迷信があるので、中華はチベット人を解放しているのである。民族も宗教も解放されるべきものだ」というわけである。

「しかし」とモンゴル人のオトゴウは反論する。「それぞれの民族に固有の価値観があってしかるべきではないか。中華が幸せであるというのは中華の側の視点でしかなく、チベット人が自分の民族としての文化を持ち、宗教を営むことを止める権利はあるのか。それは中華の驕りではないのか」

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「昔、こういう話ありました」と平行線の論争の後で、リーさんは物語りを始めた。「ある異民族が中華に敵対していました。勿論、中華はその民族、攻撃しません。攻撃する必要ありません。人は幸せになりたいのであり、中華になりたいのですから。

しかし、その民族の王は民衆を抑圧していました。民は苦しんでいました。迷信と妄想がその国を支配していました。民衆を解放することが天命であり、革命のときは近づいていることを、私たちは知りました。

時は来て、異民族の王は中華に挑みました。そして敗れました。その王は捕らえられました。王は殺せと言いました。でも、私たちはその王を殺しません。王は隙を見て逃げてゆきます。私たちは追いません。

異民族王は再び兵を集め、私たちに挑みました。そして、再び敗れました。そして、捕らえられました。今度こそ王は殺されると思いました。でも私たちは殺しません。逃がしてやりました。

そして三度目、異民族の王は再び兵を集めました。兵は僅かしか集まりませんでした。王はそれでも私たちに挑みました。そして敗れました。私たちは王を捕らえ、また逃がそうとしました。王は逃げませんでした。王は跪き、こう言うのです:どうか私を中華にして下さい
あなた方の一員にして下さい

王は役人となり、男には仕事が与えられます。女は豊かな中華の男に嫁ぎ、子供には高度な中華の教育が与えられるのです。

これが中華です。これが中華の徳なのです」

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たしか、こんな話だったと思う。細かいところは忘れた。

話し終わり、満足そうな顔をしている中国人に、その温厚そうなモンゴル人は殴りかかった。本当に素早かった。それでも中国人が5、6人で、日本人が私だけで、モンゴル人は彼だけだった。モンゴル人はすぐに取り押さえられた。

そして、彼はそのまま立ち去った。「お前らはそうやって『あたかも戦争をけしかけられたかのように』戦争をけしかけ、人の文化も歴史も、土地も血の流れすらも奪い去るんだな! 大国のやることはいつも同じだ」

のちにオトゴウは「あんなに腹の立つ話をきいたのは初めてだ」と語った。

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中国人は話を続けた。「ですから矢野さん、民族や宗教、これ人を幸せにはしないのです。暴力を生むだけなのです。優れた文化だけが、人を幸せにするのです」

「いやいや、ありえないっしょ」と私は反論した。「もうちょい感情ってのを考えたらどうよ? それに中華が優れてるってのも押し付けじゃない?」

「中華は優れていなければなりません。逆にいえば優れてなければ中華ではないのです。誰もがいいと思うからこそ、誰もがそこを憧れるからこそ中華なのです。そうした高潔な思想の前には感情に流されることはあってはならないのです。中華は個別の利益を超えた全民族の幸福を考えているのです」

「ちょっと待て、少なくとも、俺は中国人になりたくないんだけど」

「それはあなたが日本のメディアや教育に洗脳されているからです。これは丁度あなたが私たちの教育やメディアを洗脳と思うのと同じです。ただ、結論は見えているのです。日本人は中華になるしかないのです」

「それって、中国に日本が侵略されるってこと?」

「違います。日本が進んで中華に属したいと望むことです。東アジアの平和はそれで実現しますし、それ以外には平和の実現はありません。それに、今後、アメリカに見放されたあなたたちは、中華に属さず、一体どこで誰と生きてゆくつもりですか? 矢野さん、すぐに分かります。あなたたちは私たちを憧れるようになるのです。この国の誰もが中華になりたいと思うようになるのです。あなた達は近い将来、何も持たない哀れな民族になるでしょう。私たち中華の繁栄を眺めるしかないのです」

「でもねえ。俺たちは怖いよ? しかも、強い。そうなったら、いやそうなる前に、俺たちはあんたらの国を襲うかもしれない」

「そんなことを言うから、あなたは小人なのです。確かに切迫した日本は私たちの富を求め牙をむくかもしれません。いいでしょう。奪ってみなさい。中華はそんなに小さな問題はどうでもよいのです。半世紀前の教訓をいかさず、再び破綻した思想をでっち上げて、無駄に罪を重ねるつもりなのでしょう? それも良いでしょう。中華のなすところは変わりません」

「今度はあんたらに勝つかもしれないよ?」

「また、あなたは小さいことを言う。いいですか。あなた方が戦争に勝ったとしたら、その瞬間に、あなた方が今度は中華になるのです。中国史に異民族王朝が追加されるだけなのです。それだけの話なのです。中華に勝つには中華になるしかないのです。あなた方は中華に敗れるか、自らが新たな中華の担い手になるかしかないのです。中華思想は民族は関係ないのです」

「なんで? 日本は中国を支配しても日本だろう?」

「愚かな。今の日本にアジアの覇権を握る能力はありません。こんなことは分かりきっています。世界中の人が知っています。分かっていないのはあなた方だけです。戦争に勝てても覇権を握れなければ抵抗により敗れ去る以外にはないでしょう。まあ、それでも確かにあなた方は数十年程度なら蓄えた経済力と軍事力で勝利できるかもしれません。しかし、自分勝手な論理と力だけでは覇権を握ることはできないのです。私たちは百年先を見ています。それも全ての民族の幸福を。本当の平和を掴み取るには、あなたたちは中華になるしかないのです。まあ、無理な話かもしれませんが」

「なんであんたらはそんなに自信があるんだ?」

「それは私たちが中華だからです。私たちには中華の歴史があり、
中華として生まれ育ち、
中華であるべく努力をしているのです。
真に為すべきことを為しているのです。矢野さん、日本人は何をしていますか? 思想の無い民族に徳はなく、徳のない民族に覇権は握れないのです。これが、思想の無いあなた達が覇権を握れない理由です。」

「俺たちが中華になる? 中国人になるのか? そんな訳ないだろう。俺たち日本人は日本人だったし、日本人なんだ」

「それは事実ではありません。あなたたちは中国の属国でした。中華文化圏という枠組みを一歩たりとも出ていません。それが明治時代以降に西洋の影響を受けたために、中華文化から外れただけです。ただ、その文明は他ならぬあなたたちにとってさえ居心地が悪い。戻るところは中華文化の他にありません。ただ、それは分からぬことでもありません。私たちでさえ、一時は伝統を捨て去りました。しかし、それも百年の計の一部だったのです。世界に真の平和を築くために、中華は再び立ち上がるのです」

「あんたら、それ宗教だよ。しかも、かなりヤバめの」

「過去に帝国を築いたことも無く、それが故に抽象思考の発展の無かった小国には分からないことでしょう(失礼、『大日本帝国』と『大東亜共栄圏』がありましたね)。私たちには歴史と思想があるのです。いいですか? 文字面だけの歴史や思想ではありません。そんなものに意味はありません。本物の歴史と思想があるのです。血の流れた歴史と思想だけが、人をひきつけるものです。論争は無意味です。結論は現実に出ています。人々は中華に集まり、哀れな島国を見捨てるのです。それが現実です。しかし、安心してください。私たちは日本を見捨てません。寛大な中華は日本を許し受け入れるのです」

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まあ、こんな感じで、日々、リーさんたちは自信たっぷりに中華思想を披瀝し続けた。

そんな「悪口」言われっ放しの集まりに、若いとはいえよく通ったものだった。

一つには、彼らの作る料理が抜群にうまかったからだと思う。彼らは皆なぜかバラエティーに富んだおいしい料理を大量に作れた。だから持ち寄ればパーティーを簡単に開ける。常に余るほど作るので、私のタダ食いに嫌な顔を全然しない。それどころか、話を聞き料理を食べることを大いに喜んでいたほどだった。要は自国の文化がスタンダードな集まりでさえあれば、いつも客は十分にもてなすのだろう。

彼らはこうした食事会に様々に人を呼び合い、様々に情報交換と議論をしていた。少なくとも中国人のネットワークの構築力だけは私は高く評価する。

そういえば美人な上海出身のお姉さんがたまにやってきて、その人に「だから日本人、ダメよ」とか言われてマゾ的に喜んでいるという側面もあった。彼女は日本の都市銀に勤めていて、そういう中国人の視点から見た日本のダメさを私に訴えた。異文化の美人にやや訛りのある日本語で自分の文化や歴史を批判されるのはどことなく気持ちよい。

日本人の「まず褒める」というスタンスと異なり、中国人はまず攻撃というスタンスだ。だから初対面の人は、必ず挨拶の次には様々な攻撃をぶつけてくる。慣れないうちは面食らうが、これはそういう文化なのであり、いいとか悪いとかいう問題じゃないと思う。それできちんと攻撃に対処し、不信感を拭えた人間に対してだけ、仲間意識を持つのだろう。

彼らの説得のロジックはおもしろい。寓話や故事に基づくことが多いという特徴がある。基本的に観客のいる状況での議論は、優位に話す時間の長さのパワーゲームになるわけで、長い逸話を話されるとそれだけで優位に立たれてしまう。それに単純な概念による説得と違い、逸話というのは様々な解釈しなければ切り返しが出せないので、話を聞いた後に沈黙が生まれやすい。具体的な物語、歴史的な逸話は抽象的な概念と違う説得力を持つものだと何度も味わった。それに下手な解釈で反論したりすると「ああ、あなたは歴史を知らない」となるわけである。

最初は中国人しか友人がいなかったのだが、そのうち、ドイツやイギリス出身の友人ができた。そして、結局、彼らの西洋中心主義というか啓蒙主義というのも、中華思想と大して変わらず、逆にその点が面白かった。やっぱり大陸の大国は違うものだと思った。

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