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本が好き!からの献本。
著者は長野県農業大学校にて農政業務に従事しているらしい。基本的には農業政策が専門であり、医療は畑違いとも述べている。都庁で働いていたが、ベストセラーになった『二〇〇万都市が有機野菜で自給できるわけ - 都市農業大国キューバ・リポート』を読んで感銘を受けた田中康夫長野県知事に直接スカウトされたらしい[3]。こちらの本に対するAmazonでのレビュアーの評価は極めて高いので、この本も読んでみたい。
著作は他に『一〇〇〇万人が反グローバリズムで自給・自立できるわけ - スローライフ大国キューバ・リポート』, 『有機農業が国を変えた—小さなキューバの大きな実験』、訳書にジュールス プレティ『百姓仕事で世界は変わる—持続可能な農業とコモンズ再生』などがあるとのこと。
キューバ医療の強み
本書に出てくるキューバの医療の「強み」は以下の通りとなるか。
- 医療は無料 がん治療から心臓移植まで医療費はタダ。
- 地域予防医療 - プライマリ・ケア、予防医療。ファミリードクター制度(医師一人あたり「顔が見える」範囲の120世帯程度を受け持つ)。
- 代替医療導入 - 鍼灸、漢方、マッサージ。気功、ヨガ、自然食。
- バイオなどのハイテク
- IT化 - オープンソース利用のオープン・アクセスな医療情報ネットが全国の医師を繋ぐ。Linuxが全国をカバーした世界初の例とのこと[0]。
こうした強みを活かし、乳幼児死亡率は米国以下、平均寿命は先進国並みという結果を実現しているらしい。
度重なる経済難という事態の中、なぜキューバが世界に先駆けてそうした医療を実現できたかというと、ある意味で捨て身だったからこそ、徹底できたものと思える。
キューバが医療情報を世界に先駆けてIT化できたのは、紙がなく、当時は将来性も定かでなかったインターネットを利用する他に途がなかったからである。バイオや代替医療で成果を上げたのも、通常の医薬品が入らないから、漢方やバイオなどに頼る他になかったのだろう。
それにしても、絶望的な危機に際して、それを利点にすりかえる粘り強さと先見の明は、さすがゲリラ戦術による「革命」で国家を打ち立てただけのことはある。
昨今のキューバ情勢
キューバの昨今の情勢について wikipediaの「キューバ」の項目 を読んでみる。
1990年代初頭、経済的に依存していたソ連圏の崩壊で、キューバの経済事情は悪化した。特に、1989年まで続いた年間1,300万tに及ぶソ連の原油供給が中断したことで、キューバ経済は多大な打撃を受けた。また、アメリカの相次ぐ経済制裁法(1992年のトリチェリ法、1996年のヘルムズ・バートン法)により、一時は食糧不足にも苦しめられた。
2000年代前半に生じた原油価格高騰や、アメリカ同時多発テロ等の影響、更には2002年に生じた砂糖価格暴落とベネズエラの政変による石油供給中断等により、キューバは2002年に経済難を経験し、同年の経済成長は1.1%と低迷した。しかし、翌2003年は当初予想(1.5%)を上回って2.6%を達成し、2005年には「革命史上最高」の11.8%の経済成長を達成している。
そう言えばサルサを学びにキューバの音楽学校に留学した友人がいるが、彼が見たのは2002年のキューバだったか。キューバの「惨状」を見た彼は「やはり経済だ」「投資だ」と決心し、大学卒業後は野村証券でバリバリと働いていると聞く。ちょっと胃潰瘍になったりもするみたいだが、「銀座のレストランで彼女と上手い物を食う」ことを、心の支えにしながら励んでいるらしい。こういう言い方をすると、嫌味を言っていると邪推されぬかと心配するが、彼はいい経験をしたと本当に思う。いや、本当の本当に嫌味ではない。
ラテンアメリカの動向は日本に伝えられない
さて、本書は、キューバがチャベスのベネズエラとも密接に連携していることも述べている。キューバの医療とベネズエラの石油は脱グローバリゼーション、ラテンアメリカの統合のための強力な武器になっているらしい。
以前、メキシコ人の友人のメールを本ブログにも転載したが[1]、ラテンアメリカは激動している。まあ、私ごときが言うことでもないが、日々世界を飛び回っている彼から入る世界情勢と日本のマスメディアから入る世界情勢との温度差には驚く他にない。こういう言い方もどうかと思うが、日本のメディアではラテンアメリカやアフリカ、アジアは存在しないも同じである。
本書でもそうした温度差のことが述べられている。キューバ医療の情報は英語圏、スペイン語圏ではかなり豊富なのに対し、日本語ではほとんどないらしい。もちろん、日本の医療が優秀であるのも一つの重要な理由であるのだろうが、それでもこれほどの大国であるのだから、万一の危機ためにも、世界の情報をある程度は流通してもいいと思う。
もちろん、日本において経済危機はあってはならないし、ありえないと信じたい。しかし、状況は刻々と変化し続ける。膨張し続ける医療費に対し、日本の経済が現在のようには応じられなくなる日も来る可能性もある。また、経済難に陥る可能性も完全に無いとは言えない以上、経済難の中、医療の水準を高めたキューバの事例はとても参考になるだろう。
食料と医療は、あらゆる状況でも確保されなければならない。もちろん、日本人はキューバのような状況になったとしても、優れた独自の解決能力があるとも思いたいが、この著者の他の本も読んでみようかという気になった。
世界がキューバ医療を手本にするわけ
- 吉田 太郎
- 築地書館
- 2100円
livedoor BOOKS
書評/ルポルタージュ
関連ページ
[0] 本書にはこうあったが、キューバがLinuxだけというのは不正確なようである。実際には米国政府の禁輸政策に対し第三国経由で流入したWindowsも使っているようだし (参照)、Netcraftでキューバ政府公式サイトの使用サーバを見るとほとんどがFreeBSDである(勿論FreeBSDもオープンソースに違いはないが)。内部では未だWindowsを利用しているらしく、今年の2月にオープンソースへ以降するかどうかを審議している記事もある (参照)。[1] メキシコ情勢 1 と メキシコ情勢 2。ちなみに今でも「メキシコ情勢」とググると一ページ目に出現する。いかに、うちの国がメキシコに興味がないかが分かる。
[2] キューバの有機農業 - 著者のサイト。
[3] 都庁から県庁職員へ転身/吉田太郎さん - 朝日新聞2004年10月31日の記事。都庁に勤めていた著者が田中康夫長野県知事にスカウトされた経緯が書いてある。