2007-01-31

グールドと上野の想い出

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いつもの気違いです。狂ってます。イタいです。スルーして下さい。

そうそう。バッハとグールドが好きな人以外は読まないで下さいな


この映像を見てほしい。

http://www.youtube.com/watch?v=qB76jxBq_gQ

この映像を見て感じるところがある人は、僕の気持ちも感じるところがあるかもしれない。でも、別に理解とか……ね。

僕が以下の映像を見たのは高校生の時だったと思う。場所は上野の東京文化会館の音楽資料室だった。

この場所を思い出すと複雑な気分になる。昔話を少々。


高校時代の僕は時間の許す限り音楽を聴いていた。ジャンルは問わなかった。

バイトで買えるCD枚数はたかが知れていた。僕は高校の図書館や友人からCDを借りまくり、音楽好きだった親のジャズやロックのLPやCD, カセットも聴きまくった。

そして上野の音楽資料室ではCDやLPなどが無料で聴けるのを知ると、僕は上野に通った。学校帰りだけじゃなく、日曜日にも行ったし、学校をサボっても行った。

上野で僕は、一日中、何枚もクラシックを聴きまくった。ピンとこなければあまり我慢して聴かないため、多い時には一日で2、30枚は聴いていたように思う。

勿論、家に帰れば帰ったで、ロックやジャズを聴いていた。


僕は孤独だった。そして幸福だった。

今でもはっきり思い出せる、上野の森のみずみずしい蒼さを。僕は何度も何度も、ヘッドホンの音を聴きながら、その生命力を眺めたていた。

僕は透明な気分だった。そして、音楽は、ただ、美しすぎた。

当時の僕は、「さびしい」とか「人の目が気になる」「人恋しい」などの人間的な感情を、完全に何段も下に見ていたように思う。


今思えば、僕は音楽を聴くというよりかは、音楽に祈っていたのかもしれない。個別の音楽にではなく、全体としての音楽、音楽の美しさ、まさにそのものに。

僕は明らかに「美の神」を信仰していた。別に存在するとかそういうことを言いたいんじゃなくて、音楽の美しさは完全に人の語りえぬ、まさに神の領域の問題だと感じていた。そして、その「奇跡」を讃えねばならないと思っていた。

まあ、完全に気違いだが、たぶん、そういう運命だったんだろう。

なんだかようわからんが、そんなこんなで。