2007-02-01

[書評] 恋愛論 / 橋本治

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実はこの本、最後まで読まなかった。それなのにグダグダ書くのもおこがましいが、コメントを少々。

まずこの本の想定されている読者というのが分からなかった。少なくとも私には関係のない話と感じた。それも当然かもしれない。この本は1985年の西武百貨店コミュニティ・カレッジで行われた講演を文字にしたものであり、きっと、その時代にそういう所に行くOLや主婦をターゲットにしたものであろうから。

全ての人間関係の概念が社会や時代の影響を受ける以上、恋愛という概念も時代の影響を受ける。もちろん普遍的な人間感情というのにそれほどブレはないんだろうが、「常識」「普通」「あるべき姿」としての「恋愛という概念」は社会と時代の影響を受けざるをえない。

それ故、20年以上も前に、その時の主に女性への「恋愛という概念」に対して挑まれた語りというものは、私にとっては無関係であった。いくつかの「恋愛という概念」への妄想は、講演当時まだ小学校も行っていなかった私が恋愛について考えるころには存在しておらず、それが時代の変化を物語っていると思う。ただ一方で当時よりも一般化してしまった「恋愛」の妄想があることも気になった。

一つは恋愛とファッションの過剰な普及という視点。現代は「猫でも杓子でも」恋愛とファッションをしたがる。また、出来ると考えている。そして、身の丈に合わせることを忘れ、過激なものを追い求める。この点は少女漫画、ドラマ、恋愛を唄う歌謡曲が完全に低年齢で固定した現代の方がひどいと思う。小学生が「身を破滅させるほどの」恋について歌っているのは私には病気にしか思えないのだが……。

当然のことながら、ファッションも恋愛も全ての人間にとって必要なものではなく、必要のない人にその能力が備わっていないのも仕方がないだろう。自分の身の丈に合わせた結果、お見合いで結婚するというは、それはそれで何も恥ずべき行動ではない。というか、それを「恥ずかしい」と思うほどに恋愛が普及した事実に驚く。あと「私って恋愛できないのかしら?」とか悩んだりする無駄とかも。

あと、恋愛には「成熟」が必要であるという視点もよかった。成長によって自分の枠組みが拡大し、大きくなった自分の内面を共に引き受けてくれる人が欲しいというのが恋愛だという考えは、まあ、うなづけないこともない。自分の枠組みが破滅するほどに自分の内面が大きくならない限り恋愛は必要ないのだから、普通に暮らしてるオバサンとかが急に恋愛してしまうのは、その歳になってやっと、その枠組みに収まらない自分の成熟があったからなのかもしれないとのこと。

最後に、どうして読みやめたかというと「ホモ」の話が出てきたから。初恋の相手が男だと、男でホモの気がない俺は読むのが苦痛になってしまった。いや、偏見なんだけど、ホント苦痛だからやめました。すみません。

この本は「恋愛って何かしら」と悩める全世代の女性向けと言えるかな? あと「ホモ」な人にもいいかも。まあ、その答えは「いや、悩む必要ないから」ということにつきるのだけどね。


恋愛論

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