2007-03-30

[書評]「超」整理法 / 野口悠紀雄 (1993)

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なんと言うか、ノリで次々と書いてしまう。別の死ぬほどおすすめというわけじゃないが、梅棹忠夫『知的生産の技術』の書評を書いたら、この本についても書きたくなった。

1993年と今から見れば昔の本であるが既にディジタルにも目が向けられていて、ほとんど現在と何の違いもない。故に『知的生産の技術』よりも理解しやすく、説得力もあるかもしれない。

この本、一言で言えば「押し出しファイリング」を提唱した本であり、それにつきる。公式サイトによれば

書類を内容別に分類して格納するのではなく、時間順に並べてしまう方式。一見ずぼらきわまりない方法だが、きわめてうまく機能する。「超」整理法の考えを紙の書類に応用したものである。
とある(野口悠紀雄の「超」用語辞典より。また「超」整理法とは何かも参照)。

なにをするかというと簡単で

最低限のひとまとまりごとに、角2封筒に収納。日付けとタイトルを封筒の右肩に書いて、本棚に左から並べる。使ったファイルは左に戻す。

ことにつきる。それだけの操作で個人のレベルの書類管理は万全という夢のような方法論である。

こうすると使ったファイルは左に集まり、使わないものは右に流れてゆく。一定期間たてば、右側から廃棄してゆけばすっきりとできる。捨てられないものならば、どこかにアーカイブするのも手である。実際、この手法は驚くほどうまくゆく。ファイルやら何やらで分類してたほがアホらしくなる(まあ、勿論業種にもよるだろうが)。

ご家庭でもどこでもプリントがあれば封筒に入れ棚に投げればいいのである。そうすれば「おっかーさん! あのプリントどこいったのよー?」とか「おい、確か税金の書類があったと思うんだが……」とか「知るわけないでしょ? だいたい皆、リヴィングは公共の……」とか言った、完全に無駄な言い争いから開放されるのである。今夜も数百、数千の家庭で「あれ、どこ」論争が繰り広げられていると思うと、その悲惨な現実に涙せざるをえない。

まあ、詳細は本書を読んでもらえばよく(図書館でもあるだろう)、あまり説明はしないが、コメントを少々したい。

私の一工夫(1) クリアホルダ+はがせるラベルを使う

まず、今の時代なら封筒にしなくてもいいだろう。クリアホルダーというものが10枚セットで100円ショップで売っている。透明で中身も見えるし、紙じゃないのでヘタらない。それに同じく100円ショップの「貼ってはがせるラベル」を貼りつけて、項目を書いておけば万全だ。使った順に放り込んだだけなのに、シンプルに美しく書類が管理された様に感動することだろう。書類を廃棄するときも、ラベルを綺麗にはがせば、ホルダーは再利用できる。

私の一工夫(2) ファイルボックスを使う

そうしたクリアホルダーを入れるのは、棚に直接でもよいのだが、ファイルボックスを買うと効率は更に高り、美しさも際立つ。ファイルボックス単位での移動も可能になり、少々、書類が多かったり、一度に参照する書類が多くても、ボックスにまとめて放り込んでおけばよい。

やや「超」整理法より分類じみてしまうかもしれないが、通常はまとまった書類は常にまとまって使うのであって、ボックスを使ったからと言ってこの「超」整理法が破綻する訳じゃない。基本は「超」整理法である。だから、ボックスがあるからと言って無駄な分類はしてはならない。

分類したいという過剰な欲望こそが、書類管理の一番の敵なのだ。「大切だから、大切にしまったら、どこにあるのか分からない」という経験は、誰でもあるものである。そこをぐっと乗り越え、ただ放り込むことで書類を管理すると、驚くほどうまくいくのである。人生とは案外そうしたものである。

クリアホルダーの欠点は、封筒よりも容量がないことのみである。この問題もボックスを利用し、複数のホルダーを一まとまりに扱うことや、あるいは、沢山入るタイプのクリアホルダを買うことで解決できる。

***

上の方法で保証書でも税金関係でも説明書でも学校や地域の行事のプリントでも何でも管理できる。もちろん、仕事の書類も同じである。

それともう一つだが、パソコン利用については時代のせいもあるのかもしれないが、私とは考えが違う。これは、またいつか書くことがあると思う。また、アイディアや予定の管理についても書きたいが、この本と関係が低くなるので、これまたいつかにしよう。

とにかく、ごちゃごちゃと自分で悩みむよりも、本書を買って実際にやってみることをおすすめする。