2007-04-14

[書評] ワインの個性 / 堀賢一

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ワインを楽しむあなた、いや、酒を楽しむあなた、いや、食を楽しむそこのあなた! 是非とも本書を読んで欲しい! そして考えてほしい。ワインの個性について。

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私はワインを好む。

こう言うと反応は決まっている。「えー。あのボルドーとか、ブルゴーニュとかって?」「アー、アレ。ボジョレーでしょ、ボジョレー。あんな、浮かれた日本人の象徴みたいの好きなの? あれって原価200-300円なのをさ、1200円もかけて飛行機で運んでんだよ?」「あー『あの腐葉土の匂が……』とか、ごちゃごちゃ言うの? うまけりゃいいじゃん、うまけりゃ。だいたいさ、ウンチクこねるってのはさ、本来の自然な味覚ってのをさ……」

私は言いたい。いや叫びたい!違う! 全然違う!それには理由があるんだ!そして、この本をそうした人に渡したい。いや「講義」をしたい。頼む。お願いです。ワインを楽しむあなた、いや、酒を楽しむあなた、いや、食を楽しむそこのあなた! 是非とも本書を読んで欲しい! そして考えてほしい。ワインの個性について。

そうすれば、きっとあなたもワインを好む人間が理解できると思う。勿論、結局ワインを飲まないし、そうした人々の営みは嫌いかもしれない。ただ、そうしたワインを愛する人々の営みの大切さ、重さも分かってくれるんじゃないかと思う。

ワインを愛する人々が、他の人から奇異に映るのは、ワインには強い「個性」があり、そして、それを認められているからである。いや認めるどころじゃない。個性を愛しているからである。つまり「うまい」「まずい」という二元論的、数値的な枠組みから、ワインは個性を主張する事で自由なのである。「うまくて安いな。がっはっはー」ではないのである。ワインを愛する人は、その自由と個性を愛し、それが故に語り合うのである。普通の人は飲み物の個性など愛しはしない。だからワイン好きは変人に見えるのである。

ワインの個性、ワインの自由が理解できない人は、ちょっと考えて欲しい。「ワインの旨さとは何か?」と。

カシスの香りが気分を爽快にしたかと思うと、腐葉土の匂いが胸の奥深い所をくすぐる。タンニンが強く舌を痺らせ、一方で酸味が強く唾液を刺激する。それだけじゃない。新鮮な果実を啜るように新鮮に弾けた後には、太陽に照らされた土を頬張るように、乾き、喉をつかむ。こうしたことが一度に起こるのである。それは一度限りの素晴しい体験なのである。

ワインはただおいしさを越えた、その「個性」で私達を掴むのである。ワインの旨さとは定義不能であり、そもそも定義することが無粋である。そんなことは、ワインを育む土壌や気候、技術や文化への冒涜でしかない。個性の文化の産物、人の営みなのである。どうして比べられよう?

勿論、作り手は究極のワインを作るだろう。しかし、それはただある「個性」を生むのでしかないのであり、そこにこそ、 ── つまり、自然な・あるべき何者かが創造されることにこそ ── ワインの究極があるのだと感じている。

いや、私の説明は誤解と嫌悪を与えるだけだ。本書はそのことをとても分かりやすく、時に高度に教えてくれる。私のように宗教ぽかったり、イヤミっぽかったり、ぶっとんだりなんてしない。科学的に、知的に誠実に深みと豊かさのある説明をしてくれる。まさにワインへの慈しみを感じさせてくれる。人柄が滲み出ているとも言える。

いや、それだけじゃない。本書はそうした「個性」が現在崩壊に向かっていることも教えてくれる。詳しくは本書を読んで欲しいが、一つの例を出せば、大規模な流通の中で、その土地の風土とそこに暮らす人々の営みの産物としてのワインの個性は次第に絶滅に向かっている。何度も飲んで初めておいしさが分かるようなワインは、その文化を知らない人々には売れない。そして、すぐにおいしさが分かるワインばかりが流通するようになる。そして古いタイプの頑固なワインは姿を消してゆく。

「それでいいじゃん」とあなたは言うかもしれない。「酒なんて酔えればいい」「うまけりゃ、それでいい」と言うかもしれない。

なるほど。確かに。うん。ばいばい。

そうじゃないあなた! 共にワインを語りましょう! もちろん費用はあなた持ちで!

最後に、これくらいの知識と愛情を持った批評家が他のジャンルにもいて欲しいと思う。ワインは、その営みの層の厚さが、やはり凄いと感じる。




ワインの個性
  • 著:堀賢一
  • 出版社:ソフトバンククリエイティブ
  • 定価:1890円
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