2007-04-11

[書評] 出現する未来 / ピーター・センゲ等

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「学習する組織 (Learning Organization)」のセンゲが、軽薄なハウツーではない、人格そのものの成長を促す企業や個人のあり方を説いています。局所の幸福が最大で全体が不幸になるという現在のシナリオは破滅に陥ると考え、より皆が豊かになれる方法を模索し、その人格成長を前提とした問題解決の方法を「U理論」として本書で紹介しています。

本書は、仏教や道教などスピリチュアルなものから多くを学んでおり、その点で嫌悪を感じる人もいるかと思います。ビジネス書の分野で、これほどスピリチュアルなものが出てきたことにも注意が必要でしょう。個人的には、「場」に特に大きな注意が払われていることにも注目したいものです。

さて、その「U理論」とは、ごく簡単に言えば、一度、二元論的な判断を中止し、静かに全体を内省することで、より正しい行動が直感的に生まれ、結果として自然に、素早くできるようになるというアイデアです。ビジネス書が提案する内容というよりは、瞑想の方法のようです。

このU理論を細かく見ていきましょう。

この理論は、大きく分けると以下の三段階から成ります。

  1. sensing 「感じる」こと - 世界と一体化すること
  2. presincing 「ある」こと - 後に下がって内省すること
  3. realizing 「実現する」こと - 自然に素早く動くこと

U 理論の名称の由来は、この三段階のsensing が世界へと下へ下りてゆく感じであり、presencingはその深い世界を感じ、最後に realizing で上へ上へと上るという全体のイメージが、「U」という字を連想させるからということです。「U」という字も、一度、下へ下り、また、上る形だからです。

そして、各 sensing, presencing, realizing は三つの状態に分けられます。

また、sensing には以下の三段階があります。

  1. 保留 - 状況に埋没している二元論的な判断を保留
  2. 転換 - 世界全体への視点・態度の転換
  3. 手放す - 我執などを捨てること。これは presensing にもかかわる

また、presencingも同じく三段階があります。

  1. 手放す - sensingにもかかる。
  2. 受容
  3. 結晶化 - 気づき(Mindfullness)が明確に現れること。これはrealizingにも関わる

そして、最後の realizing も同様に以下の三段階があります。

  1. 結晶化
  2. プロトタイピング - 原型作り
  3. システム化

sensing と presencing の中間の「手放すこと」と、presencing と realizing の中間の「結晶化」は、両方に含まれますので、全体としては 3 * 3 - 2 = 7 つのプロセスになります。このプロセスの中で、個人や組織の学習や成長がはかられ、複雑な問題にも有効に対処できるということです。

他の瞑想などとの比較

一瞥して明らかなように、極めて瞑想や禅の世界と似ていると感じられることでしょう。著者もそれを認めており、特に南懐瑾(ナン・カイキン、香港の中国語圏で非常に有名な学者。四書五経、仏教、道教などの東洋の学問の他、武術、医術も達人らしい)の瞑想の7段階との類似を指摘しています。それは以下のものです。

  1. 意識
  2. 停止
  3. 平静
  4. 静寂
  5. 安穏
  6. 熟考
  7. 到達

これは「U理論」と比べると「実現 realizing」の家庭が少なく、より世界の静けさを直視するところに重点が置かれていると言えるでしょう。

恐らく直感を有効に利用する、瞑想のパターンはどれも同じようなものになるのだと思います。参考のため、ヨーガと仏教の方法論を見ておきましょう。

ヨーガは以下の8段階です。

  1. ヤマ - 戒め
  2. ニヤマ - 心掛け
  3. アサナ - 姿勢・ポーズ
  4. プラナヤマ - 呼吸の制御
  5. プラティヤハラ - 意識の制御
  6. ダラナ - 集中
  7. ディヤナ - 熟考
  8. サマディ - 一体化
これは「U理論」や南懐瑾の瞑想と比べても、その以前の段階(戒めや姿勢、呼吸の制御など)が多いと言えるでしょう。

また、仏教の八正道は以下の通りです(これは、私個人の解釈なので、あてにしないで下さい。普通は逆に書きます)。

  1. 正定 - 禅定の「定」。坐禅。正しい心身の定まり
  2. 正念 - 正しい気づき
  3. 正精進 - 正しい努力
  4. 正命 - 正しい生活
  5. 正業 - 正しい行い
  6. 正語 - 正しい言葉遣い
  7. 正思惟 - 正しい思考
  8. 正見 - 正しい見識
これは、ヨーガと逆に、「実現 realizing」 の部分に重点が置かれています。そこで得た知見を元に努力して、生活を変え、行いを正し、最終的に思考もただして、正しい見識に到達しようというものです。

一方仏教では「三学」と呼ばれる修行方法も提唱されています。

  1. 戒 - 戒め
  2. 定 - 禅定。坐禅
  3. 慧 - 智慧
これを含めるとヨーガと同様に戒めも大きなウェイトを占めます。三学は全体の道筋であり、「八正道」はその一部であり、戒めは当然守っているという前提の上なのでしょう。

また、参考のため七覚支(bodhi-anga / bojjhanga)も書いておきます。これは私はよく分かっていません。

  1. sati-sambojjhanga 念覚支 - 気づき。
  2. dhamma-vicaya-sambojjhanga 択法 - 法 Dharma として現象が分析される
  3. viriya-sambojjhanga 精進覚支 - 努力(ただし、自然に湧いてくるようなやつ)
  4. píti-sambojjhanga 喜覚支 - 喜び
  5. passaddhi-sambojjhanga 軽安覚支 - 心の静まり
  6. samādhi-sambojjhanga 定覚支 - 一般に禅定と呼ばれる状態。統一。
  7. upekkhā-sambojjhanga 捨覚支 - 落ち着く。

「U理論」「南懐瑾の瞑想」ヨーガ、仏教などで、直感知を利用しようという姿勢は同じながらも、視点や目標の差による微妙に違いが興味深いと思います。

一方有名な『7つの習慣—成功には原則があった!』では以下のようになり、ほとんど関連がありませんが、そこもまた興味深いです。

  1. 主体性を発揮する
  2. 目的を持つ
  3. 優先順位を明確に
  4. 共益(WinWin)
  5. 理解してから、理解される
  6. 相乗効果(シナジー)
  7. 刃を研ぐ

まとめ

私としては、二元論を離れた思考が広まること、特に、「対象」ではなく「場」という視点による思考が広まることは大いに喜ばしいことで、こうした書物が、幅広く読まれ、実際にグローバル企業の思考が変化していってくれると嬉しく思います。西洋が貪欲に東洋の智慧を学んでいることをつくづくと感じます。これはインターネットを通じて海外のリーダー育成の状況を眺めていても感じていたことです。

ただし、スピリチュアルなものはどうしても胡散臭いので、著者らの実力ならが、どうにかもう少し実証的な方向で話をもっていけはしないのかと、少しばかりは残念に思います。