2007-07-06

[PR] らでぃっしゅぼーや - 有機・低農薬野菜や無添加食品の宅配サービス

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先日から、なにか正しい日本の食事を摂りたいと考えている。2007/06/29の[書評] 日本人の正しい食事 - 現代に生きる石塚左玄の食養・食育論 / 沼田勇にも書いたことだが、極論だが、伝統的な食が育んで来たものを失うと、心身が不健康になるのではないかと思う。

そう思っていて、アフィリエイトの登録先から来るメールに今回紹介するらでぃっしゅぼーやという企業の紹介があった。

有機野菜や低農薬野菜や無添加食品の宅配サービスである。

まだ、アマゾンのアフィリエイトや書評サービスの他に、ブログで小銭を貰うことに違和感があり、心理的に整理できていないのだが、ひとまず、いい機会だと思って、PRの文書を書くことにする。

戦後とは、流通網の整備による、大規模な物流の時代だったと思う。そうして日本全土においてほぼ同じ商品を、ほぼ同じ価格で取得することができるようになり、そうした商品を獲得することが、幸福の一つの強力なモデルであったと思う。

そうした強力な物流に支えられた商品の画一化の中で、食卓からは地元の名産品は消え続け、西洋風の食品、あるいは和風であったとしても牛肉を加工した食品が進出し続けた。

「あなたが普段食べているものを言ってみたまえ。あなたがどんな人物であるか、当ててあげよう」とは、十九世紀フランスの美食家ブリヤ・サヴァランの言葉である。また、私は思う。「その民族が普段食べているものを言ってみたまえ。その民族がどんな民族であるか、当ててあげよう」と。

考えて欲しい。「ビフテキ」という言葉が与える響きに、戦後の高度経済成長の景色は全て包まれているのではなかろうか。「ビフテキ」だけではない。「スキヤキ」という言葉にも様々な景色がある。また、「ハンバーガー」「ハンバーグ」という言葉、「ギュードン」という言葉もあるだろう。そうした響きの織り成す世界が、過去の日本の景色である。いいか悪いかはともかく、ある種の憧れやエネルギーがつまっているように私は思う。(その点「朝マック」「メガマック」「ブタドン」「コンビニ弁当」という言葉の響きは、いかにもポスト昭和である)(ちなみにポーク・カツレットを「勝烈(かつれつ)」と名付けた明治の人や、「トンカツ」と命名した昭和の人は、ブタドンという響きを生むことは無かったと思う)。

日本人の食はどこへ行くのだろう。美容・健康や環境などへの意識の高まり、いわゆるロハス(LOHAS)な人々は食文化を形成しつつあると思う。そんな中、今回紹介するらでぃっしゅぼーやという企業が、この先に活躍してゆくのかもしれない。

繰り返すが、有機野菜や低農薬野菜や無添加食品の宅配サービスである。大規模で画一的な流通ではない。見てもらえば分かるが、個別的でなかなかに個性的な品揃え(年間約4,000アイテムの豊富な品揃え)である。

少なくと都市部に住む場合、こうしたサービスを利用しながら、未来の食に向かって進んでゆくしかないのではなかろうかと私は思う。

お試しサービスはこちらから:
http://c.p-advg.com/adpCnt/r?mid=747250&lid=1

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