2008-05-18

ネット接続を玄関に追い出す

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ただのぼやきなんだけど、ネット端末としてのパソコンは玄関に置きたくなった。今回のエントリで言いたいこと、これだけ。

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昔、電話ってのは玄関にあった。玄関の下駄箱の脇にやたらに背の高い電話専用の台があって、そこに電話ってのは置かれていた。どかーん、て。音もジリリリリンと、目覚まし時計に負けないくらい派手だった。

時が経ち、電話は居間に移動した。畳の床に転がり始めた。音はジリリリくらいになって、その内、プルルルルになってしまった。こうして電話するのに寒い廊下に立つ必要はなくなった。

はるか昔、電話が居間にある頃の日本に暮らしていた私は、ハリウッド映画でベッドの脇に電話があるのに違和感を感じたものだった。そう、確かに私は、胸毛モジャモジャの西欧人が午前四時に電話で叩き起こされて「ヘイ、ジョージ。一体いま何時だと思って……え?! 何だって?!」とか言ってるのみて馬鹿じゃなかろうかと感じていた。電話は寝室に置くもんじゃないだろう、と当時の私は感じていた。

しかし結局、日本人だって、家族監視の前で電話をするというのはつらかった。電話は次第に個室に移動した。夫婦の寝室に電話は入り込み、子供部屋にも電話が備えられた。「もしもし。矢野と申しますが、○○さんいますか?」と自分の部屋から電話を掛けるようになった。それでも家族のフィルターは通っていた。

そして気がつけばベル、PHS、携帯電話と電話は個人化し、脱衣場やトイレにまで付いてくるようになった。電話でられないと「いや、ごめん、フロはいってたわ」とか言うようになった。ええ。携帯電話のおかげでいつでもつながれます。

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何で昔の人は電話を玄関に置いたのだろう。そもそも、門とか玄関とか昔の家はなんであんなに立派なんだろう。

防犯? かもしれない。でも、そういう昔の家の人ってのは鍵をかけないで出掛けたりする。

もっと精神的なものだった気がする。ウチとソトに敏感だったという気がする。居間に客を入れなかったかと思う。あくまで客は客間までだったかと。ウチにソトの人が入るのが嫌だったんだと思う。

最近、そういう気分がなんとなく分かる。自分の部屋に人を入れたくない。いや、昔からそういう気分はあった。本棚とか見られるの厭だった。人様のベッドに何のことわりもなく腰おろしちゃう奴ってデリカシーねえなあ、と思ってた。それが、最近、更に過敏になってきた。

プライベートな空間。一人になれる空間。人に干渉されない空間。そうした空間がとても貴重になってきた。

そうしたときに通信機器というものは、どうも自分に干渉してくる。あるだけで気になる。電話だけじゃない。ネットにつながったパソコンも同様に自分へのメッセージを予感させる。その予感だけで、実際にメッセージが伝達されたのとほとんど変わりがない。

ネット接続できるのを居間にしてみた。そうすると自分の部屋の温度というか騒音のレベルが少しだけ下がった気がする。まあ、気のせいなんだけど。そのうち、玄関にしてみようかなと思う。