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2008-05-02

メキシコとドイツの友人の間で

中国人の話を思い出したら、メキシコ出身の留学生と組んで、ドイツ出身の留学生と討論したことも書きたくなった。何の役に立つわけでもないけど、前回に続いて大学時代の回想。

***

ホセはメキシコからの留学生で社会学を専攻していた。彼はそれまでにも西洋によるラテンアメリカ文明の破壊を批判することが度々だったが、西洋人を前にして話すのを見るのはその時が初めてだった。

メキシコ人の認識として、独自に育まれ栄えていたラテン・アメリカの文明は西欧によって破壊され、長い植民地支配を通じて徹底的に搾取されたという思いが強い。その破壊の爪あとは深く現代に至っても十分に社会機能が回復したとは言い難く、それに加えて西欧の搾取的圧力は未だに続いていると捉えている。要求するところは西欧による社会破壊の補填ないしは回復の補助、そして、現行の搾取的圧力の停止、というところである。

何の切っ掛けだったかホセがカールに西欧批判を始めた。私はいつも聞いているホセの話に耳を傾けつつ、ドイツ人のカールがどう答えるのかを楽しみにした。

カールはアホなやつである。世界で一番アホなやつだと思う。これは罵倒の意味ではない。一緒にいて楽しいという意味だ。こいつは様々にアホ話を考えつづけ、日々女の尻を追っかけまわしていて、一度だけだけど過ぎた火遊びの消火活動を手伝ったこともある。

「西欧がいかなかったらどうだったと思う?」私の予想を裏切り、アホのカールは切り返した。「あなた達の文明の価値自体を認めないわけじゃないが、二つの点でそうした単純な西欧批判には私は常々疑問がある。

一つには恐らく、私たちの介入なしには自由や平等といった人権は守られず、奴隷としての人生を生きる人が存在し、女性は差別され、人々に自由は与えられなかったであろうが、それをあなたは認めるのだろうか。

二つ目には、科学――これは私たちの合理精神の際たるものだが――抜きにしては、工業技術や医療・都市衛生技術の恩恵を受けられないわけだが、私はそうした生活がそれ以前の原始的で迷信にまみれた社会よりもよいと思うのだがどうだろうか?

つまり、政治的な面と経済・健康的な面から見て、西欧は多大のものをあなたたちに与えたと私は思う。ゆえに、西欧がラテン・アメリカを訪れたことは――勿論、幾分かの過ちを私たちが犯したことを認めるにしろ――、あなたがたにとっても実りの多いものだったと私は思う」

アホのカールはバリバリに論理的ドイツ人モードで話し出した。カールは「土管がドカン」で三日間は笑ってられるアホなのだが(異文化の笑いは難しい 参照)、ドイツの教育を受けているのでちょっとした話になるといやに論理的に話し出す。

以前にも、カンボジア人の留学生がカールを見て「ハイルヒトラー!」とかやりだして「ねえねえヒトラーについてどう考えてるの?」「ホロコーストについてどういう風に考えてるの?」といい始めた時にも理路整然とそうした問題に対して納得のできる答をしていた。私は最初ヒヤヒヤしまくったのだが、独裁者と虐殺の問題は若きカンボジアのエリートにとって非常に重要であり、有益な話を聴けたと感謝していた。最初に「おい、カンボジア人、空気読め」とか言いそうになった自分が恥ずかしくなるほど、ドイツ人とカンボジア人はそれぞれの国の独裁と虐殺の問題をしっかりと受け止め、有益な意見を交わした。

ホセはこう答える。「文化にはそれぞれ独自性がある。

それに女性の差別を西欧によって撤廃したというのは嘘だ。ジェンダー論による近代批判が示しているように、西欧思想は新しい形の男女差別を生み出したことは疑いようもない。所謂、近代家族制度の下で、労働を支える妻としてあるべきと女性は差別されたのは明かだ。これを前近代の家族制度と比べること自体が馬鹿げている。

「自由」や「平等」にしても、西欧がもたらしたものというのは傲慢ではないだろうか。何しろ非西欧人にとっては西欧思想とは白人優越主義であり帝国主義であった。つまり、私達を植民地支配し、自由と平等を奪い去るものに他ならなかったからだ。君達がもたらした不自由と差別は規模の面でもその深刻さの面でも極めて恐ろしいものだったんじゃないかな。僕たちにとっての自由や平等は、あくまでも西欧への抵抗から生まれた」

んで、矢野はどう思う? とか振られる。まいったな。「まあ、俺は基本、ホセだな。西欧近代がもたらしたものは災難だったと俺は思う。日本だって西欧に不平等条約された訳だし。

仮にお前らが来なくても、日本は十分な生産力と技術を持った国になったんじゃないかなあ。江戸時代の後期には既に工場での労働集約も行われていたし、都市衛生も進んでいた。そのうち平等も実現したんじゃないかなと思う。

ただ、確かに西欧の技術はやっぱり凄かったんだろうというは思う。明治時代に科学を学んだ人の本を読むと、いかに西欧科学が圧倒的だったかを感じるし、そして、そうした合理主義と当時の日本の土壌がいかに断絶していたのかを痛感する」

「俺は技術も認めない。合理主義もだ」とホセは言う。「それがどう役に立った? 技術に支えられた社会の産業化は、貧困を生んだだけだろう。それまで木や葉っぱを使って自分で家を立てられた人々が、産業化した社会においたてられて、ゴミを拾って暮らさざるを得なくなるようなことが起こる。それまでしっかりと生きてゆけた人が、突然「無教育」な社会不適合者になるんだ。

貧困を生んだのはお前ら先進国だよ。カネを貸しつけて、莫大な負債の利子で俺たちを苦しめる。そして傀儡政権を作って自由に政治もコントロールできる。貧富の差は拡大し、慢性的にインフレが民衆を苦しめて、一部の富裕層ばかりに富が集まるんだ。

それに、お前ら先進国なら最新技術の商品を見て喜べるだろうけど、僕たち発展途上国ではフラストレーションの対象なだけだ。買えないんだよ、単純に。アメリカや日本で作られたTV番組やCMを見るにつけ、貧しさを痛感するだけだ。学校の放送室でロックを流すというようなアニメがあったんだけど、僕はそれを見て心底腹が立ったよ。メキシコには音楽を流せるような放送室を備えた学校なんてあるわけないんだから。そんなものは俺は見たくないんだよ。

技術は金持ちの独占だ。ドイツや日本はいいよ。知財だって有利だ。メキシコはどうなる? 最初から競争になんて入れやしない。そして貧富の差はどんどん拡大してゆくんだ。僕にとっては技術なんてものは何の恩恵もなかった。そりゃテレビは見るよ、日本製だけどね。政府に独占されたチャンネルで、面白い番組はアメリカや日本で作った番組だらけだけどね。だからそんなもの無くてもいい。技術なんて僕たちには関係ない」

「それでも西欧の援助で救われる人がいる」とカールは言う。「医療や衛生という技術は実際に人命を救っている」

「僕たちにとって目の前で感じる西欧の技術は軍事力だよ」とホセは言う。「医療と衛生? 馬鹿馬鹿しい。銃とミサイルだよ。西洋の技術で救われた以上に多くの人間が、西洋の技術で殺されたとは思わないかな? 西洋は強さそのものだ。僕達は無力で搾取されるだけだ。槍と剣の時代なら民衆も立ち上がれただろう。でも現代兵器を前にしたら完全な虐殺があるだけだ。戦車や戦闘ヘリどころか、戦闘ロボットまで作っているんだろう。軍事力の格差がこれほどに開いているのは恐しいことだし、本当に愚かしいことだ。

そうそう。知ってるかな? カリフォルニアとニューメキシコは僕たちの土地だったんだ。長い独立戦争がやっと終わってまもなく、1848年の米墨戦争でメキシコは全領土の3分の1をアメリカに取られたんだよ。許せないのはカリフォルニアにいる人間自体がメキシコ割譲地の話を知らないってことだ。メキシコの軍隊ってのは何のためにあるか知ってる? まさかアメリカと戦える筈がない。僕たちは彼らと戦える武器は買えやしないからね。メキシコの軍隊ってのは、自国民を服従させるためだけにあるんだよ。これがアメリカに支配された国の現状だ。

技術ってのはいつもアメリカの技術だ。政府はアメリカの言いなりだからすぐに関税が撤廃されて、技術的に未発達の産業はすぐに吹っ飛んでしまう。そのくせメキシコが優位な産業では関税は撤廃されない。本当に自由貿易協定はクソだよ」

「それはあまりに一面的で歪曲した見方だ」とカールは言う。「現実に西欧が人類を幸福にしているじゃないか。幸福にしているからこそ、西欧の原理が受容されているんだろう。

もしも西欧の原理が否定されるべきならば、代案が出ているはずだろう。政治では民主主義国家がそれぞれの国民の主権を代表しつつ利益を守り、経済では資本主義市場が合理的な分配を可能にしている、文化でも文化産業が表現の自由の下に皆に需要される娯楽を十分に提供している。それらは何ら否定されるべきものではない。しかも、その普及は常に進んでいる。グローバリゼーションの下で世界はやっと一つになろうとしているんだ。民主主義と市場原理とポップカルチャーが国境を越えた平和を実現しているんだ。

君は、民主主義を否定するのか? 主権在民を否定するのか? それとも国民国家そのものを否定するのか? 国家主権の不可侵がなければ国民を守るものは何も無くなってしまう。世界政府はただの幻想だ。そして、国家主権が民衆にあることがことを認めねば、国家は国民を守らないし、利益が反映されない。そのプロセスは民主主義以外にはありえない。

資本主義を否定するのか? 市場原理を否定するのか? 私的所有の不可侵を否定するのか? 契約の自由を否定するのか? 誰もが自由に契約を結べ、自分の財産が守られ、その上で、誰もが自由に平等に市場で取り引きできる。純粋に合理的なゲームがそこで行われている。これを否定するのか?

ポップカルチャーを否定するのか? ジャズやロックの普及、アニメや漫画という娯楽が自由に発信され、享受されたのは、文化産業の恩恵だろう。誰もが自由にアートを創作して、誰もが自由にそれを鑑賞できる。

君たちが、西欧に批判をするときは、あまりに現実を無視し続けている。ただの理想論だ。現実を批判することなんてない。それを非西欧というコンプレックスで無駄に西欧批判をするなんて尚更に虚しいことだ。誰もが一票を持っている。誰もが市場のプレイヤーになれる。誰もが文化を創出できる。誰も止めていない。自由で平等な社会だからだ。君たちは、その自由で平等な社会で活躍する能力や勇気が少しばかり足りないだけなんだ。そして、その制度に批判を投げる。過去やナショナリズムに引き摺られてね。未来を見ていけばいい。西欧の原理は未来を生み出せる。

更にホセに言わせてもらえば、確かに過去の侵略の歴史は申し訳なかったと思うが、それでも現代に残っている発展途上国の債務は結局は君たちの国の人間が使ったのだろう。君はそれを一部の富裕層が使ったと言うのだろうが、それは説得力がない。民主主義と資本主義の未成熟があったから不幸にして一部の旧支配階級が甘い汁を吸ったのだろうが、それは貸した側を責めるべき問題だろうか。それは国内の問題だ。実際、日本は過去にあった債務を返済し終え、今では債権国となっている。そうした経済発展をこそ見習うべきじゃないのかな。そして、一部の利権を許さないような民主主義と資本主義の発展が大切なことだろう」

「全然違うよ」とホセは言う。「確かにメキシコだって選挙はあるよ。でも、メディアだって何だって親米の奴等が持っているんだよ。普通の人には絶対に自由貿易協定がどんな打撃をメキシコに与えるかなんて分からないんだ。それに大統領は勝手にアメリカに油田を渡してしまったりするんだよ。普通の人には全然分からないところで話は決まっていって、富める人は更に富み、貧しい人は更に苦しくなるんだ。

1994年のメキシコの通貨危機だってそうだった。92年のNAFTA(北米自由貿易協定)によってメキシコに大量のマネーが流れ込んでバブル状態になり、そのバブルがはじけてペソが大量に売られてメキシコ中央銀行のドルは底をつき、ペソは通貨切り下げ、大変なインフレになり失業者が溢れたんだ。それでも一部の富裕層は、その時に政府が発行した国債で儲けたんだよ。そしてIMFが介入して、税金を上げ、福祉の予算を減らすんだ。こうして全然関係ない市民が、国際金融のきまぐれで生活が苦しくなるんだ。僕はお父さんとお母さんがいつもお金のことで喧嘩をしているのを見て、とても苦しかった。僕のお父さんは大学で教えていたけど公務員の給料が切り下げられてしまったんだ。

発展途上国は先進国のマネーの流入に対して無力なんだよ。いや先進国であったとしても国際金融のマネーにはどんな国だって無力と言っていいくらいだ。イギリスのポンド危機、97年のアジア通貨危機、98年のロシア財政危機を考えてみてよ。どれも普通の人が苦しむんだ。通貨が金儲けの道具なんておかしいんだよ。苦しむ人がいて、そこで莫大な儲けをはじきだす人がいるシステムを、僕はどうしても許せない」

「それは偶然の事故、あくまで例外だよ」とカールは言う。「国際的な為替の取引は、通貨の安定の為に為されているんだ。誰かが儲けられるかもしれないが、それはその人が能力があったということじゃないのかな。もしも、通貨を市場原理によらない他の方法で定めてしまったら、実物経済と通貨の力関係のバランスがおかしくなってしまう。それは90年代のそうした不幸はあったにしろ、全体としては経済も通貨も安定を保っている。どんなに優れたシステムであれ、ある程度の事故は起こるものだよ。そうした例外ばかりを見て、どこか一部の人間が私腹を肥やすためのシステムというのはあまりに穿った見方だと思う。

それに流入した投資が行われた以上、それを活かすという選択肢はいつもある訳だ。結局、ペソの暴落だって、その前に実体経済を上回る投資が行われたバブルだった訳で、仮に、その投資に見合うだけの経済成長があればよかったんじゃないかな。失敗を恨むよりも、チャンスを見詰めた方がいい」

「発展途上国の人間に、そんなこと出来るわけないだろ」とホセは言う。「だいたい教育が先進国と全然違うんだよ。それにワシントン・コンセンサスが債権者を守るためのものであるのは明かじゃないか。そこで暮らす人々のことなんてこれっぽっちも考えていない。僕が言いたいのは、成功のためのチャンスを与えるシステムはいいから、何もしていないのに苦しい目にあうようなシステムをやめて欲しいということだ」

「リスクがあるのは必然だ」とカールは言う。「リスクのない社会なんて存在しない。狩猟であれ農耕であれ常にリスクは存在する。だからこそ、人は同じリスクを負うのならば少しでも成功を目指して努力をしてゆくのだろう。ホセは怠け者の言い訳にしか聞こえない。ホセの言う投資家だって、失敗する危険性を背負っているからこそ、リターンを得られるのであって、常に成功する投資家なんて存在しない」

「それは違う」とホセは言う。「必ず儲けているんだよ。機関投資家は。どんなに失敗した投資をしても彼らは数十億円という収入を得ているじゃないか。彼等が損を出したからと言って、給料が払われなかったりすることなんてあるかい?」

「それは、彼らを雇った人間、つまりは会社の株主なり銀行なりが担保しているんだろう」

***

はあ。なんだか疲れたのでここまで。読んでくれたあなたも御苦労様。まあ、そんなこんなで話はいつまでもいつまでも続いたとさ。めでたしめでたし。

2008-03-27

パキスタンの思い出(2) シャンパン没収と市内観光

前回に続いてパキスタンの思い出。帰りは手荷物検査で引っ掛かったり、市内観光をしたりした。

***

帰りにはカラチに日中居ることになった。到着は朝の7時40分だった。さすがにパキスタン航空はホテルを準備してくれていた。

僕は自分の二十歳の誕生日のためにフランクフルトでシャンパンを買っていた。それを不用意にバッグに詰めていたので、カラチ空港の手荷物検査の時に引っ掛かった。

けたたましくブザーが鳴り響くと、ライフルを持った兵隊が十人ほど走ってくる。そして、ライフルを構えながら、なんというか遠巻きにじわりじわりと間を詰めてきて、一人が僕の腕を捕まえると、更に二人ぐらいで僕の体を取り押さえる。そして、何か大声で叫んだ。きっと「確保!」とか叫んでいたのだろう。

屈強な兵隊二人が僕の両腕を痛いほどに掴み、ライフルを持った男がそれをサポートしながら、僕は裏に連れてゆかれた。僕ははっきりと「やべえ、これは絶対殺される」と思った。自分が怪しくないことをアピールしたかったが、言葉も通じないのにどうしたらよいのかも分からない。

汚い廊下を歩いて、突き当たりの扉に連れてゆかれた。兵隊は一呼吸してドアをノックする。

扉を開くと、笑っちゃうほど大佐な男が机に座っていた。それは五〇代半ばの男で、その高級な生地の軍服、そのいかめしい帽子、その瞳を隠すグラサン、その整えられたヒゲ、どれをとっても見事な大佐っぷりだった。机の上で手を組んで、部下に顎で指示を出す辺りも見事だった。部屋の左右には若い兵隊が支え筒の姿勢で直立している。

やや遅れて一人の兵隊がやってきて、問題のシャンパンを含む僕の荷物を持ってきた。荷物は大佐の古めかしいがしっかりとした木の机に置かれた。兵隊は敬礼すると部屋を後にした。

大佐は僕のパスポートをひとしきり弄んだ後、話し掛けてきた。
「お前は、日本人か」
「はい」
「日本で何をしている」
「大学生です。この夏はヨーロッパで観光旅行をしてました」
「ふん。楽しかったか」
「はい」

大佐は鼻の下の立派なおヒゲをなでた。そしてパスポートを投げやりに机の上に投げると、今度はシャンパンを手に取る。
「これは何だ?」
「シャンパンです。お酒です」
「お前はこれを飲むのか?」
「はい」
「これは自分のために買ったのか? 自分が飲むために買ったんだな?」
「はい」
「本当に飲むのか? いいか、お前が、だぞ?」
「はい。飲みますよ。何ならいまここで飲みましょうか?」

大佐は何かを疑っていた。爆発物として疑ったのか、密輸を疑ったのかよく分からない。
「この国では酒は禁じられている。知っていたか?」
「はい。知ってましたが。忘れてました」
「お前の国では酒を飲めるのか?」
「はい」
「お前のような若造も? お前のような若造も酒を飲むことを許すのか?」
「はい」
「私は酒を飲まない。自分を惑わすからだ。私は自分たちの子供が酒を飲んでいるのを知ったらとても哀しい。ご両親だって、お前が酒を飲んでいるのを知ったら悲しむだろう。それだというのに、お前は何故酒を飲む?」
「ええと……。楽しいからでしょうか」
「……世も末だな」

大佐は消費文明に対して、ひとしきり悪口を言うと、自分も酒を飲んだことがあると告白した。そしてこう忠告してくらた。
「ありゃ悪魔の水だ。お前もやめたほうがいい」

その後、十分ほど世間話をして僕は解放された。大佐にしたら暇つぶしだったろうが、僕はすっかり寿命が縮まった。

***

解放された僕を40くらいのおっさんが案内してくれた。ただの空港の職員だろうと思う。話し好きなおっさんだった。ホテルのバスは爆弾テロ犯として疑われた(?)僕を乗せずに行ってしまっていたので、別の乗り物が迎えに来てくれる手筈になっていた。おっさんと僕は強烈な日差しの下、ホテルの迎えを待った。
「最近、家、買ったんだよ」
「へえ。すごいっすねえ」
「いや、別にすごくはないんだけどな。で、ローンとかあるんだけど、かーちゃんは家買う前と同じように指輪買えの何のってうるさいんだわ。家買う前は買ったら節約するとか言ってたくせにな。お前の国でも女は同じか」
「はあ。似たようなもんだと思いますよ」
「でもなあ、うちはかあちゃんが二人もいるんだぜ。子供も生まれるし。この国の男は大変だよ」

おっさんはひとしきり物価の話とかをした。年収は百万円くらいだった。話を聞けば結構広い家で奥さん二人の子沢山で楽しく暮らしているように聞こえた。

迎えはしばらく来そうに無い。「竹林土建」と書いてあるトラックが目の前を通過する。
「お前、若いな」
「ええ。19です」
「女。いるのか」
「ええ。います」
「結婚するのか?」
「わかりません」
「……で、するのか?」

おっさんの目が光る。まいったなあ、と思いながら僕は答える。
「……はあ……まあ」
「まったくよお。羨ましいなあ、おい! いや! いやいや! だからお前らはダメなんだよ。いいか、俺たちの国はな、そんな「恋愛」なんて認めないんだよ。結婚もしないのにそんなことしたらな、俺の国だったら親戚中の男がリンチするんだよ」
「はあ。厳しいっすね。でも、おっさんだって若い頃、お! かわいいな、あの子 ってのいたでしょ?」
「まあなあ、でも俺らは学生の頃も男女は近づかないようになってるんだよ。近づいて話しただけで大騒ぎだからな。顔も見ないから知り合いようもないわけだよ。でもな、実際ここだけの話、中学生の頃○○っていう、かわいい子がいてな。幼馴染でな。一度だけ、一度だけな、話し掛けたことあるんだよ。絶対秘密だぞ? あの子どうしたかな。まあ、こんな歳になっちまったけどな」
「……キスしちゃいたいとか思っちゃいました?」
「おい、おい! やめてくれよお」と言っておっさんは笑う。そして十秒間ほど沈黙して再び「おい、おい! やめてくれよお」と言って、豪快に笑った。ベルトで締め付けられた腹も豪快に揺れていた。
「お前、酒も飲むんだろ?」
「ええ」
「お前のお母さんも知ってるのか」
「ええ」
「まったくよお! どうなっちまってんだよ、お前の国は。そりゃあ俺だって一度、海外に居たときに飲んだことはあるけどよ。そりゃあ、おかあちゃんには絶対言えねえよ。おかあちゃんが知ったら気絶しちまうよ」
「まあ、文化が違うんでしょうねえ。日本人はそういうのにうるさくないんですよ」
「わからねえ。婚前交渉するは、酒は飲むは。お前の国の繁栄ってのは嘘だな。いや、嘘じゃなけりゃ、悪魔の繁栄だ。きっとすぐに滅ぶぞ。きっとだ」
「まあ、そうかも知れませんね」

おっさんは両手で僕の両肩を掴んだ。
「お前。怖くねえのか」
「はあ?」
「お前、そんなんじゃ救われねえぞ。怖くないのか?」肩を掴む手に力が入り、おっさんの目は真っ直ぐに僕を見た。
「別に怖くないですよ」はっきり言えば、おっさん、あんたが怖い。
「ああ、偉大なるアッラー。いいか、お前は堕落しちまってるが、まだ若い。国に帰ったらコーラン読めよ。いいな?」
「はあ」

迎えがやってきた。扉が取れたマイクロバスで日本だったら走行できない代物だった。僕はそのバスに乗り込み、おっさんに礼を言った。おっさんは最後に何度も言った。
「いいか! コーラン読めよ! コーラン読めよー! コーラン読むんだぞー!」

***

数時間後、僕はプールに浮いていた。痛いほどに強い日差しの下、プールの水は生暖かく肌を潤した。

ホテルは古ぼけてはいたが豪華だった。部屋は広くベッドはキングサイズ。バスルームには大きな浴槽もあった。僕はゆっくりと湯船に浸かって、体を洗い、大きなベッドで少しだけ眠った。しかし、結局は飛行機で寝ていたのであまり眠れない。テレビをつけても言葉がわからない。僕はバスタオル一枚を持って、ホテルのプールに行った。

プールには先客がいた。ノルウェー人で作家らしい。世界を旅しながら小説を書いているという。彼はどことなく胡散臭く、その胡散臭さに僕は一発で好きになった。

僕は彼に誘われて市内観光に繰り出すことにした。ホテルの入り口には、観光案内をしたがるタクシーの運ちゃんが30人は詰め掛けていた。「$50」「1 day, only $30」「Me, $25」とか叫んでいる。

ノルウェー人はその前に立ち、人差し指を一本立てた。
「$10」

五人しか残らなかった。それでも、口々にガソリン代がどうしただの、うちには子供とかあちゃんが、だのと言っていた。
「二人なんだから$20だね?」と、一番前にいたおっさんが言った。
「いや、二人で$10だ」とノルウェー人は冷たく言う。ビジネスライクな西洋人はやはりかっこいい。
「そんなあ。せめて二人で$18では?」
「いや。二人で$10だ。15でも12でもない。10だ」

こう言ってノルウェー人は財布から紙幣を取り出して、無理やり運ちゃんの手に握らせた。
「どうだ?」とノルウェー人は言った。「別に君じゃなくてもいいんだが……」

握ったカネは離せないものらしい。「分かったよ」と運ちゃんは引き受け、すばやく紙幣を財布に入れた。こうやって西洋人は東洋人を騙しつづけているのだろうと僕は思った。

***

運ちゃんは絶好調に話しまくった。僕らは街一番の大通りを疾走した。
「見てくれよ! これが産業化だぜ。文明だぜ。民主化だぜ」

街一番の大通りは、時代遅れの寂れた商店街をなぜか間違って道幅を広げてしまったという程度のものだった。
「見てくれよ! これが未来だぜ! 強さだぜ! 民主化だぜ!」

指差す先には戦車やら戦闘機やらが展示してある。どれも古めかしい。なんで街の真中にこんなものが置いてあるのかが意味が分からない。

更に運ちゃんは激走した。そして、古ぼけた鉄の塊の前で絶叫した。
「見てくれよ! これが正義だぜ! 平和だぜ! 民主化だぜ!」

なんだか分からなかったので僕は質問した。
「ええと、何これ?」
「ははー! 聞いて驚くなよ。原爆だぜ! 原爆!」
「はあ? 原爆?」
「おうよ! 原爆だぜ! 科学だぜ! 技術だぜ! 民主化だぜ! パキスタンはすげえ国なんだよ!」

絶好調のタクシーは海に向かった。車窓から町の風景を眺める。中心部から外れると、街には瓦礫の山が目立つ。その瓦礫の山で中学生くらいの子供が角材だか鉄パイプだかでチャンバラをしている。遊びだと思う、たぶん。Tシャツは意外とまともで僕が着ているものの方がよっぽどボロボロだった。その脇を上半身裸でライフルを肩に担いだ若者が何気なく歩いていた。

砂浜にはラクダがいた。ラクダはでかかった。
「乗るかい?」とアラビア人は聞いてきた。
「いや、いいです」と僕は断る。どうせ、乗ったら料金をせがまれ、ぼられてしまうのだろうから。僕はぼんやりと海を見たり、街を眺めたり、ラクダを眺めた。アラビア海はきれいじゃなかった。

次にジンナー廟に行った。パキスタンの創立者、ムハンマド・アリー・ジンナーの霊廟らしい。僕は靴を脱ぎ、イスラム教徒の格好をして中に入った。手を叩くとエコーが掛かった。最後にアクセサリー屋に連れて行かれたが、そこでは何も買わなかった。

再び中心街をタクシーは走り抜けホテルに戻った。ノルウェー人には気付かれないように、僕は財布から$10取り出して運ちゃんにあげた。
「サンキュー、ミスター。これでかーちゃんもよろこぶよ」
「そう。それはよかった。ところで、全然、客が居ないよね」ホテルの駐車場では、運転手がタクシーで寝ていた。「お客はあまり来ないの?」
「治安が悪くてさっぱりだよ。ミスター。だから、パキスタンはもっともっと強くならなくちゃならないんだ。俺たちは負けてられないんだよ。俺の親父はインドのやつらに殺されたんだ。インドだけじゃない。色んな奴等がこの国をめちゃくちゃにしてるんだ。だから商売あがったりだよ。それもこれも、パキスタンが弱いからだよ。だからパキスタンは強くならなきゃいけないんだ」
「だから原爆?」
「そうだよ。ミスター。強ければオーケーなんだ。パキスタンが強ければハッピーになれるんだよ。原爆実験が成功したとき、どんなに俺たちが嬉しかったか分かるかい?」
「わかるよ」
「日本には原爆はないのかい?」
「ないね」
「そりゃあ、ダメだ。お前たちは幸せになれないよ」
「かもね。そう言われたのは今日で二度目だよ」

***

空港では無事に酒とパスポートを返してもらえた。飛行機はカラチから途中でマニラを経由して成田に到着した。三ヶ月近くに及んだ僕の初めての海外旅行はこうして終わった。

パキスタンの思い出(1) 夜のカラチ空港

19の夏、パキスタンに行った。

別に行こうと思って行ったのではなく、サンチャゴ・デ・コンポステラの巡礼をしようと思って安い航空券を探したら、パキスタン航空が安かったという話なだけだ。だから居たのは行きと帰りの二日間だけ。このエントリでは行きの話を書いてみる。

***

初めての海外旅行だった。成田で友人と別れ、飛行機に乗り込んだが、飛行機はいくら待っても出発しない。機内アナウンスでイスラマバードで爆弾テロがあったのでカラチ経由に変更すると言う。初めての海外旅行で爆弾テロという言葉を聞くなんて俺らしいなと思った。

隣の席の人はオランダで働く南アフリカ人だった。彼は
「PIAって何の略だか分かる?」
と冗談を言う。
「パキスタン・インターナショナル・エアラインズでしょ?」
「ノー、ノー、パーハップス・アイ・アライヴ(もしかすると、着くかもしれない)さ」

機内は既に外国だった。機内に日本人の姿はなく中東系や黒人が多い。アナウンスは英語とアラビア語で、離陸前には機長がコーランの冒頭を朗誦する。「アッラーフ・アクバル、アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)」

アッラーに守られながらカラチに着いたが、度重なる機体調整もあり予定よりも六時間は遅かった。空港ではライフルを剥き身でぶら下げた兵隊がわんさかいた。私は坊主&ヒゲにしていたのでよかったが、茶パツでロンゲな日本人がゲートで数人の武装した兵隊に囲まれ「ヘーイ、お前は女かー?」とかからかわれていた。男の子は真っ青になっていた。まあ、兵隊も暇なのだろう。

空は暗くなり始めていたころで、次の出発は夜明けの5時ということだった。カラチで夜を明かすことになった。

空港の前のバス乗り場のベンチに僕は座った。モスクが夕日に照らされ、その下を頭から真っ黒な布を被った女性が数人の子供を連れて歩いている。あっちゃー、来ちゃったよ、イスラム世界、と僕は思った。腹が減っていたが、街に繰り出す勇気はなく、両替も面倒だったので、空港でパンみたいなのを買った。

空港のベンチには人がどんどんと集まってきた。子連れの女性も多かった。彼女たちはそこで夜を明かした。

好奇心の強い子供たちがこちらに歩いてくることもあった。そのうちの何人かは空港のお土産売り場の玩具やお菓子を僕にねだった。僕は何も買ってはあげなかった。僕はギターを持っていたので、歌ったり踊ったりすると子供たちは喜んだ。仲良くなったので写真を撮ろうとカメラを向けたら、母親が必死な顔で止めに入った。何かを強く訴えていたが、全然分からなかった。

一睡もできないまま長い夜が明け、母親は子供を連れて街へ帰った。僕は飛行機に乗り込んだ。

この時は、僕が二ヵ月半後に再びこの街を訪れて観光することになるとは思いもよらなかった。 続く

2006-12-10

メキシコ情勢 2

前回と同じく友人のメールから転載。
***
前にメキシコ情勢について書きましたが、もしかしたらその後どうなったか気になる人がいたことを願ってます。以下その続きの今日のニュースです。自分の国なので感情的になってしまいますが皆さんは暇な時にでも読んでやってください。(背景が分かりにくかったらいつでもメールください。)

今日、11月20日はメキシコの独立記念日でした。そして同時に今日は、大統領選挙の結果、不当とされる7月の選挙で当選した大統領を認めない左派と市民運動によるオブラドール氏の「正当大統領」としての就任式がありました。就任式でオブラドールは代替の「内閣」を発表し、社会正義を追求するための「20の計画」を提示し、新しい憲法を作成するための国民投票を行うことを宣言しました。

なぜ、わざわざ独立記念日を選んだのかと言うとそれは当時成し遂げられた、福祉国家の形成、農地改革、石油の国有化、主権を尊重する(アメリカに距離を置く)外交がすべて崩されてきたからです。簡単に言えばオブラドールは「代替の政府」という「運動」を議会、そして市民の間で組織して展開していこうとしている訳です。また、独立記念日に任命され、革命記念日に就任するというのは200年前の独立、そして100年前の革命の歴史の流れにそって予言されてきた社会の変革を実行しようとしているのです。その流れはやがてラテンアメリカの統合へと続く道なのです。

また、オブラドールは大統領のシンボルとして選んだのは19世紀にラテンアメリカ初の先住民大統領(2番目は現ボリビア大統領)であるファーレスが使っていた顔が上向きの「共和国の鷹」です。因みにファーレスは当時、メキシコの「第2共和国」の憲法をつくり歴史的な社会変革に成功したことからラテンアメリカ中で英雄視されてます。同じシンボルを選んだオブラドールは新憲法を作り「第4共和国」の樹立を目指しているのです。

この社会変革が成功するのはメキシコ国民がどれだけ歴史を認識しているかにかかっていると思います。僕は一人のメキシコ人として不安や恐怖を感じずにこの運動の存在に希望と喜びを感じてます。

メキシコ情勢 1

以下、友人からのメールの転載。
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この間、メキシコの情勢が不安定で、海外にいながら自分の国の情勢を心が避けそうな思いで追っている日々なので、ここでみなさんにも少しシェアをさせて下さい。

明日、9月16日はメキシコの独立記念日です。普段はスペインからの独立戦争が始まった光景に因んで9月15日の夜には大統領がメキシコのメインの広場に出て「メキシコ万歳!!」と叫びながら鐘を鳴らし、この夜に集まってきた群集がこれに「万歳!!といっ答えるのが通常です。でも今回は既にメキシコ・シティーの広場、そしてメインの通りには47日間にわたって占拠している大規模なデモが続いています。

これは何を訴えているかというと、7月2日の選挙で0.58%という僅差で勝ったとされている保守党の候補を、選挙に不正があったことから認めないということです。この保守党の候補(カルデロン)のキャンペーンというのはひどいものでメディアを使って左派の候補(オブラドル)はチャベスの友達で、独裁者で(政権を握ってないのに)メキシコを共産主義にする陰謀を立ててるひどいやつだという「恐怖のキャンペーン」でした。一方、左派のオブラドルの人気は立候補する前までメキシコ市長をやっていたときにメキシコシティーがこれまでになかった活気にあふれ、首都では85%の支持率で2004年には「世界のもっとも良い市長」の一人(メキシコでは唯一の)として選ばれたくらいです。

明日はメキシコの独立記念日ですが、この日にオブラドルは「全国集会」を開き、なんと新しい憲法を採択し、「代替政権」を樹立しようとしています。これ関してはやりすぎだと思う人がいるかも知れません。しかし、皆さん想像してみてください。もしアメリカでブッシュが2回、不正な選挙によって当選したときにアメリカ人が同じことをしていれば今はアフガンやイラクで死者は出なかったでしょう。47日間耐えて、メキシコの民主主義を支えている人がいるのを私は誇りに思います。皆さんも是非9月16日以降、どうなるかニュースを追ってみてください。(まあ、日本のメディアも期待できないかも知れませんがおそらくニュースにな
ると思います)

んな感じで多少感情的なメキシコ情勢のシェアでした。